「ああ、自分で自分のこと殴ってもええで。自分の事殴れば相手は助けたるわ。お前らオトモダチやもんな? オトモダチの事裏切るなんて、出来へんよな?」


どくん、どくん────耳の横に心臓があるみたいだ。

耳障りな笑い声も囃し立てる口笛も遠くに聞こえる。自分の心臓の音と少し早い息遣い、ノブくんのすすり泣く声がクリアに聞こえた。

きつく握りしめた拳を見下ろした。


この拳でノブくんを殴れば……もう我慢しなくて済む? 過ぎ去るのを待つだけの毎日が終わる? 堪えて堪えて、血が滲むまで唇を噛み締めることもなくなる?

そうか、そうなんだ。

だったら僕は────。



「……殴る訳ないだろ」



殴らないことを選ぶ。


はぁ?と僕らを取り囲むクラスメイトたちが顔を歪めたのが見えた。

ターゲットにされた日々は、思い返すのも苦しいほど辛かった。教室で我慢して堪えた涙は、いつも風呂場のお湯に流した。

身体に残った傷は消えても、身体の奥についた傷はずっと生傷のまま風に晒されていた。

毎日が辛くて苦しくて仕方なかった。

でもそれ以上に今ここでノブくんを────親友を殴る方が辛い。


初めて手を差し出してくれた友達。誰にも言えない気持ちを分かち合えた親友。どんなに辛い毎日だって、隣にいてくれたから乗り越えられた。