唇をかみ締めて定規に手を伸ばしたその時。


「大丈夫?」


自分の手よりも先に、別の手がその定規を拾い上げた。目を丸くしてその定規を辿りながら顔を上げる。


「拾うの手伝(てつど)うたる」


少しぽっちゃりした男の子だった。しゃがみこんでいるけれど背はおそらく自分よりも少し高い。目が細く頬がふっくらしていて、釣り気味の凛々しい眉をしている。

遠慮気味に顔をのぞきこんできた彼は少し恥ずかしそうに鼻を鳴らした。そして転がった鉛筆を次々と拾い集め筆箱に仕舞い、最後にチャックをシャッと閉めると「ほら」と筆箱を突き出した。

戸惑いながらそれを受け取る。


「理科室分からんのやろ? 一緒に行こ」

「え……」

「おれ、三好正信(みよしまさのぶ)。あそこの席座ってるけど、覚えてる?」


彼は振り向いて窓際の席を指さした。


「あと理科室行く時は、生活科ボードと資料集いるから。来光のロッカーどれ?」

「あ……ここ……」


ロッカーから緑のバインダーと理科の資料集を取り出した彼はまた「ほら」と差し出した。

胸に突き出されて反射的に両手で受け取る。


「チャイム鳴る前に座ってなかったら怒られるから、早く」

「なん、で」


ありがとうよりも先に出た言葉は疑問の言葉だった。

自分の噂を聞いているはずだ。クラス皆が僕のことを無視すると決めている。僕に声をかけたところで、何かメリットがあるなんて思えないのに。