一人きりにならないように急いで用を済ませて手を洗って外に出る。
小走りで元いた「鎌倉時代」のエリアへ戻る。他のクラスの同級生は何人か見かけたけれど、友達の姿はない。置いて行かれたらしい。
待っててって言ったのに、と唇をとがらせてずんずんと大股で「江戸時代」のエリアへ向かう。
ひどいや二人とも。いつもは僕のこと待たせるくせに、先に行っちゃうなんて。帰りのバスで絶対おかし交換してやんないんだから。
イーッと歯をむき出して頼りない白熱灯がチカチカする薄暗い廊下を突き進む。
「江戸時代エリア」と書かれた看板が見えたその時だった。
冷たい風が吹いた訳でもないのに、身体中がぶるりと震えて肌の表面が粟立った。
足が固まった。まるで縫い付けられたかのようにその場から動けなくなった。喉の奥が震えて「あ」と情けない声が漏れる。
いる、間違いなくそこにいる。これまで見てきたものとは比べ物にならないものがそこにいる。
行っちゃダメだ、すぐに逃げなきゃ。
振り返って、走り出さなきゃ。
膝の後ろががくがく震えて、それでも何とか一歩二歩と後ずさる。
振り返って駆け出そうとしたその時、背中にトンと何かが触れた。
「うわぁッ!」
悲鳴をあげてそのまま後ろへ転びそうになった所を、すんでのところで誰かに手首を捕まれ体勢を立て直した。
ズレたメガネの先に居たのは、呆れた顔をした担任の先生だった。