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美空ひばり 真赤な太陽。

九条がきく音楽のアルバムに1つ別のフォルダをつくり、そこに一曲だけが入った。
電車に揺られること1時間。
平日ということもあり人がまばらである。
どんどん田舎の風景になっていくのを眺めながら、祖母が好きだという音楽を流す。
まだ一曲しかしらない。
九条は母が教えてくれた祖母の故郷に向かった。

電車を降りて早々反対のホームで電車が来る前の音楽が鳴り響く。
九条は急いでスマホを取り出し、その音楽を録音した。

どの音楽、音が祖母にとっての思い出か分からなかったのでひとまず故郷できこえた音楽を片っ端から記録することにしたのだ。

鮮明に音を録音するため、ホームでその音楽が流れている間スマホを上に掲げる。
通りすがる人たちが九条を不思議そうな顔で見ていた。
気にせず、九条は録音し終わると駅の改札を出て、目一杯息を吸った。
自分の暮らしている場所より幾分か空気が澄んでいる気がした。

ひとまず、母親が教えてくれた住所まで行ってみたが、売り払ったと聞いていたのですでに別の人が住んでいる。
近くのレコードショップを調べると、商店街の片隅に1つレコードショップがあった。
どうやら潰れていないらしい。

商店街では、活気づけようと少し前に流行ったJPOPの歌が入っていないBGMが流れている。ばあちゃんが住んでいる頃にはおそらく流れていなかったものだろうが一応それも録音をしておいた。

大通りから外れ、少しいったところにポツンと佇んでいるレコードショップ。
少し緊張しながら九条は入口の戸を開けた。

レコードが店内の棚に敷き詰められ、アーティスト名ごとに分かれている。

「いらっしゃい」

入ってきた九条に気づき奥からでてきたのは、祖母と同じ歳くらいの女性。
九条は軽く会釈をしてひとまず店内を歩き回る。
名前はきいたことあるが、曲は知らないとアーティストばかりである。

「最近はおにいちゃんみたいな若い子もチラホラ来るんだよ」

レジのところに座った老人が九条にそう言う。

「そうなんすね」

母が好きなキャンディーズのレコードを1枚手に取りながらそう返事をした。

「若者にはレコードは古いものじゃなくて、新しいものなんだろうね 馴染みがないからねぇ
ほら、時代はまわる、なんてなんかの歌でも言ってた」

「俺は生のレコード初めてみました なんか、でかいっすね」

小学生みたいな感想しかでてこない自分自身を少し恥ながら九条は、美空ひばり、キャンディーズなどひとまず自分が知っているものを手にとって老人の前に行く。

「意外だね、チェッカーズとかそこら辺を買うと思った」

「祖母と母が好きで」

「ああ、そう」

「あ、ちょっと待ってもらっていいですか 会計の前に聞きたいことあって」

レコードを重ねて、会計の机の端に一度置く。そしてポケットの中から写真を取り出した。

「あの、九条里美って人、知りませんか」

音代にもみせた写真を、老人の前に出して祖母を指差した。
祖母をフルネームで呼ぶのは、施設に顔を出し始めて慣れてきていたところだった。前までは祖母を「おばあちゃん」としか呼んだことがなかったのに。
祖母も1人の人間なんだと、そう思えてくる。
老人は写真を受け取り、老眼鏡をかけてそれを見つめる。

「あら、さとちゃんじゃない」

「知ってるんすか!」

「知ってるも何も幼馴染よ ここ数年会えてないけどね」

ここが母が言っていた祖母の幼馴染のレコードショップであることを確信した九条は写真の自分を指差して、「これ俺で、孫っす」と写真の祖母の隣の自分を指差す。

「あらぁ、お孫さんなの そういえば久しぶりにこっちに帰ってきた時にあなたのことを話していたわ」

「俺のこと話してたんですか」

「話してたわよ、かわいい孫だって 
特にね、小さな手でタンバリンを叩く姿がかわいいって言ってたわよ」

じんわりと胸があつくなる。
ーーーよかった、自分は祖母には恨まれていないようだ。

「さとちゃんは元気?」

老人がそう九条に問いかける。
言葉を詰まらせた九条に、何かを察した老人がレコードを大事そうに手のひらで撫でた。

「あの、ばあちゃんはその、元気で、ただ色々忘れることが多くなってて」

「歳をとるってこわいものね、忘れたくないものも忘れていっちゃう」

そう言って眼鏡をはずして、店内を見渡す。

「私もいつか、色々忘れて、自分が自分じゃなくなる日が来るかもしれないけど、音楽だけは裏切らないってことだけは忘れないわ」

音楽だけは裏切らない。
音代だけじゃなく、母も言っていたそれを九条は思い出す。
音楽の記憶は、ずっと残る。

「ばあちゃんと聴いた音楽って何かありますか」

老人は九条の問いかけに、思い出に馳せるように笑った。


「たくさんあるわよ 何せ幼馴染だもの」