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「音代先生、昨日大丈夫でしたか?」
朝、職員室で音代にそう声をかけたのは2年1組の担任坂木である。音代と歳が近く、学校の中でも若手の女性教員のため生徒も話しかけやすく坂木の周りにはよく人が集まる。
陽の塊である坂木に対して音代はすこし苦手意識をもっている。
「昨日?」
「九条くんに引きずられていってましたけど」
タンバリンの窃盗は九条の仕業だったと担任の坂木には軽く説明していた。解決済みだから何もしてくれるなと釘も刺していたが、昨日音代が九条に連れられて学校を出ていくところをみていた坂木。自分のクラスの生徒がまた問題を起こすのではないかとハラハラしていた。
「九条くん、よく喧嘩するから 音代先生もどこか殴られたりしていませんか?」
「大丈夫です」
「本当に?ほら、タンバリンのことの腹いせに音代先生にひどいこと」
確かに見た目や、日頃の行動により担任に目をつけられているのは仕方がないが、意味もなく相手に攻撃をするやつじゃないと音代は確信していたので、心配そうにする坂木を音代は軽くあしらった。
「されていないのでご心配なく」
「そうですか、なら良いんですけど」
早々に会話が終わって坂木は少し不服そうな顔をして自分のデスクに戻ろうとしたが、ふと足を止めた。
「音代先生、吹奏楽部の顧問断りましたよね」
再び音代の方にかけよった坂木。
「そうですが、何か」
「私、軽音学部の顧問やってて音楽の経験とかないんで、お力添えをと思いまして」
音代にすり寄るようにそう言った坂木に、音代は顔を顰める。「嫌だ」と言葉には出さずとも堂々と顔に出していた。
前の音楽の先生が吹奏楽部の顧問をしていたので自然と音代がやるものだと話がまとまりつつあったが、音代は空気を読まずきっぱりと断った。
単純に面倒くさいと思ったからだ。
「お断りします」
「えー、助けて下さいよ、なんだか部員がたちやる気に満ち溢れてて高校生バンドの大会に出ようとか言ってて」
「いいじゃないですか、自分たちで頑張ってくれますよ」
「でも、客観的意見が大事だからってアドバイス求められるんです」
「なら、坂木先生の意見を正直に言えばいい」
「音楽経験がない人がそんな偉そうに言えませんよ」
「大事ですよ、そういう人意見って 音楽の知識がない人の感性って柔軟ですから」
頬杖をついて坂木の方をみた音代。
ふ、と小さく笑った音代をみて坂木はその端正な顔に思わず目を逸らした。
仏頂面の朴念仁。その印象が少し剥がれる。
「じゃ、じゃあ、頑張ってみますけど、何かあったら相談乗ってもらっていいですか」
「まあ、相談くらいなら」
「ありがとうございます」と頭を下げて再び自らのデスクに戻ろうとしたが、また足をとめて「あ、」と声をだした坂木。今度はなんだと音代は面倒くさそうに坂木をみた。
「そういえばさっきのホームルームの時、九条くんいなかったから今日はお休みなんですかね」
思い出したようにそう言って、次こそ自分のデスクに戻った坂木に反して音代の体はピキリと固まる。
ーーー今日、休みなのか九条。
昨日のことが頭の中で渦巻く。
明るく振る舞ってはいたが祖母にあんなに強くあたられて10代の子が普通なわけがない。
音代は心配ともどかしさで頭を抱えた。
ーー自暴自棄になってよからぬことを考えてないといいが。