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ーーー『今すぐ2年1組の教室に来い。じゃないともっと酷いのを拡散させる』

間宮に届いたのは橋田からのそんなメッセージだった。クラスメイトは今全員音楽室にいる。ここにいるのは橋田という怪物だけだ。せっかく前に進めるチャンスだ。逃げてはダメ。そう心の中で言い聞かせ間宮は数回深呼吸をして、教室の戸をあけた

視線の先にいたのはギターを抱えて間宮の机に座っている橋田だった。

「九条、余計なことしてくれたよね」

「っ」

「僕たちの曲なのに」

そう言って立ち上がった橋田はゆっくりと近づきギターを間宮に差し出す。

「先に完成させよう」

そう言った橋田。
受け取らない間宮に何度もギターを押し付ける。

「元々フルを作って世に出すのは僕たちの使命のはずだよ。君が歌って自殺の曲を完成させるべきだ。みんなそれを望んでる」

間宮は首を横に振った。それに対し怒りの込められた橋田の力は強くなっていく。ギターと橋田に押され、間宮のからだが後ろに下がる。橋田はそれでも近づき間宮にギターを受け取るように何度も押し付けた。

「続きは君が作り、君が歌うべきだ」

間宮は何度も首を横に振る。

「歌ってよ。今、ここで、僕がまた有名にしてあげるから」

「っ」

「歌えって」

もっと酷いのとは、今からここで歌わなければならない自殺の曲のことだったのだと間宮は絶望した。
拒否をするように首を横に振ることしかできない。

「もうすでに、君は何人もの人を殺してる」

間宮の動きがとまった。
手が震える。
いつかみた曲へのコメント。

『明日死にます』

見ないふりをした。自分が知らないところで自分の曲をきいて死んだ人がいるなんてことあってはならない。たとえ仕組まれたことだとしても自分の歌声が罪なのは事実だった。認められたい、自分の気持ちを伝えたいと思ってしまったことがいかなかった。
間宮は差し出されたギターに手を伸ばすみっともなく震え、視界は涙でぼやけている。

もう、後には戻れないんだろうか。この曲を希望の曲に変えられないんだろうか。

まだ、まだ、

ーーー『この曲も被害者だ』

ふと、九条の放った言葉を思い出した。

ーーー『良くも悪くも音楽で人を動かすことはできる。俺はこの曲を救う。勝手に自殺の曲だと言われてしまったこの曲を、負の連鎖をとめるためにもみんなでこの曲をやりたい』

曲を救う。

間宮はギターを掴もうとしていた手をとめた。この曲をつくったのは自分。歌ったのは自分。
罪をおかしたのは自分。

そして、

救えるのも、自分だ。

「う、歌わ、ない」

「は?」

「わたしは、あなたの欲のために歌わない!」

間宮のそんな声が教室に響く。
ここでこの人の言いなりになれば九条が差し伸べた手を振り払うことになってしまう。
せっかく、救おうと立ち上がってくれている。
ここで、橋田に負けるわけにはいかなかった。
久しぶりに出した声はみっともなく震えていた。

「ふざけるなよ、何が僕の欲だ、君の欲でもあるはずたろ、有名になりたい、評価してほしい、自分を認めてほしいって!僕はそれを叶えてあげた!」

橋田はギターを振り上げ、間宮にぶつける。
体にぶつかった痛み。
床に倒れた間宮に橋田は覆い被さる。そして間宮の首に手をかけた。

「絶望は、死は、人を動かすんだよ。音楽でそれができるなんて尊いことだと思わないか」

「思わない」

「きみに分かって欲しいなんて思わないよ。言われ通り君はただ歌えばいい」

「私は、人を救う歌を歌う」

「死だって人を救うかもしれない」

「だったら自分で奏でてみなさいよ、自分でやる度胸もないくせに、音楽で人を殺すだなんて言うな!」

「うるさい!」

ぐっ、と橋田の手に力がはいる。間宮は苦しさのあまり言葉がでなくなった。
殺されるかもしれない。
抵抗するように橋田の手を掴むが、力が強く振り解くことができない。
だが、これ以上犠牲が増えるよりましだと思った。
これが、自分に与えられた償いなのかもしれない、と。
薄れゆく視界の中、勢いよく扉が開く音が耳に入る。

そういえば、死ぬ時って聴覚だけが最後まで残るときいたことがあった。
死ぬことがわかっていれば、最後に耳に入れる言葉や、音楽を選べるのに、とそんなことを間宮は思う。

「間宮!」

間宮の耳に入ったのは、焦ったような音楽の先生の声だった。
首の重みがとけて、一気に空気がはいる。咳き込む間宮の背中に音代の手が触れた。

「助けるのが遅くなってすまない」

「おと、しろせんせ」

「無理するな、もう大丈夫だから」

音代に支えられながら体を起き上がらせれば、視界の先には橋田が床に突っ伏しており、男に拘束されている。

「自殺幇助の件でききたいことが山ほどあるが、殺人未遂とはな。どんだけ罪を重ねる気だお前」

無精髭のおじさん、刑事である神城がそう言って、橋田を無理やり立たせる。橋田は納得のいかない顔をしているが暴れることはなかった。
神城に連れられ、よろよろと歩きはじめた橋田が音代の前で足を止めた。

「音代先生はお父さんが死んだ時、それを利用しようと思わなかったんですか」

「っ、何を」

「先生があの時弾いたものは、人を動かす何かがあったんです。僕は思いました『死』は音楽にあらわれる。先生はそれを利用してもっと高みを目指せたはずなのに」

音代が答える前に、神城が「いいから来い」と橋田を歩かせる。
音代は無言のまま床を見つめた。
やはり、橋田の歪んだ思想をうえつけたのは自分の演奏であったこと。
前に進むにはそれを打ち砕く必要があること。
ただそれだけじゃなく、自分の過去の音楽と向かわなければならないことを音代は理解した。時間はかかるがやらなければいけない。父の死と向き合わなければ。

「音代先生」

少し苦しそうな間宮が心配そうに音代をみる。
我に返ったように音代は間宮の背中をさすった。

「大丈夫か」

「はい。大丈夫です。あの」

「なんだ」

「このことで、文化祭の合唱なくなったりしないですよね」

間宮の心配に音代は頷いた。

「警察から軽く話は聞かれると思うが、合唱をなくすことはしない。間宮にしかできないこともある。最後まで責任を持て」

音代の言葉に間宮は強く頷いた。