ーーーーー

晴葉高校の2年生は文化祭で合唱をおこなうことが伝統で決まっている。
2年1組は全員が芸術科目を音楽にしているため、今年は優勝ができるかもしれないと意気込んでいた。
曲を決める日、学級委員が教壇に立つ。

「曲、何か歌いたいものがある人、いますか」

橋田がそうみんなに問いかけると周りと顔を見合わせながらざわつきだすクラス。

「普通の合唱曲より、ポップスをやった方がウケはいいと思う!」

1人の女子がそう言い、周りが「いいと思う」とのっかる。

「でも真面目な曲やった方が優勝はしやすいんじゃない?」

「みんなが知ってて馴染みのあるポップスの方が練習も楽しいしいいと思うけど」

「あ、あれは?映画の『天使にラブソングを』で歌ってたやつ、ヘイル ホーリー クイーンだっけ?」

「ノリはいいしウケもよさそうだけど、私たちには高難度すぎない?」

様々な意見が出る中、橋田はクラスメイトから口々に出る曲名を黒板に書いていく。
そんな中、声をあげたのはクラスの端にいる金髪ヤンキーであった。

「俺、提案あんだけど」

立ち上がった九条は教壇まで歩いていきみんなの前に立つ。教室が静まり返った。
九条はごくりと唾を飲む。
音代に言われたとおりに、冷静に、だ。
みんなを説得させるにはそれなりの理由がいる。
隣にいる橋田をちらりとみれば、本心の見えない上部だけの笑顔を向けられた。

「みんな、この曲知ってるか」

九条はスマホを取り出し、みんなの前に差し出した。
そして音量をあげる。
教室に流れたのは、今SNS上で話題になっている曲であった。

「なあ、これってあれだよな『自殺の曲』」

「あ、知ってる、きいたら自殺したくなるってやつでしょ?」

「え、なにそれ」

「なんでここで流してんの?私たちに死ねって言ってる?」

いっせいに教室が騒がしくなり、九条に批難の目が向けられた。それでも九条はスマホを下げない。
そして口を開いた。

「俺は」

九条の声で教室が再び静まり返った。

「この曲の続きをみんなで完成させて、みんなで歌いたい」

「何を言っているんだ、こいつは」みんなの目がそう言っていた。
そして九条のスマホを持っている手が橋田の手によって強制的に下げられた。
そして橋田の鋭い目が九条をみる。

「どういうつもり、九条くん」

「どういうつもりも何も、俺は提案してるだけだ。学級委員」

「却下だね、そもそもこれは合唱向きじゃない」

「じゃあ、自分たちで合唱向きに続きをつくればいい」

「はは、冗談やめてよ、曲を作った人に許可もとらずそんなことできるわけないでしょ」

「許可なら」

九条の目がある人物に向けられた。だがクラスメイトに悟られないようにすぐに視線が外される。

「許可ならとってる」

はったりだった。だが、作った本人、間宮がそれを望んでいると九条は確信していた。救う方法はこれしかないと。
困惑でざわつく教室の中、九条は再度間宮の方をみた。
間宮は唇をきゅっとかみ、九条を見つめる。
「助けて」とその瞳が言っているようだった。
そして、間宮の首がほんの僅かだが縦に振られた。
九条は「よし」と心の中でガッツポーズを決め、再び口を開く。

「知ってると思うけど、この曲は『自殺の曲』として広まってる。だが、曲を聴いただけだと一概に自殺を促す曲だとは言い難いと俺は思う。

曲にたいしての印象は人それぞれだ。だけどこの広まり方は誰かが意図的操作してるんだと思うんだよ。つまり、この曲も被害者だ」

ばん、と教卓に両手をおいた九条。

「良くも悪くも音楽で人を動かすことはできる。俺はこの曲を救う。勝手に自殺の曲だと言われてしまったこの曲を、負の連鎖をとめるためにもみんなでこの曲をやりたい」

少し納得しているような表情になったもの半分、まだよく分からないもの半分。
やはり音代を連れてくればよかったと悔いはじめている九条。

「要はさ、許可とってるからこの曲を最後まで完成させて、この曲のイメージを覆すために合唱でやろうって、そういうことでしょ?」

静まり返る教室に響いたのは、軽音学部のボーカル池尻であった。
九条と仲良くなっていたため、その助け舟に九条は頷きながらほっと安堵の息を吐く。

「いいんじゃない?楽しそう。なんか革命みたいで」

頬杖をついたそう言った池尻。
「確かに!」と声をあげたのは相原真里だ。

「合唱も楽しいけど、曲作りも楽しいんだよね、みんなでできるんなら最高じゃない?」

「そう言ったって続きをつくるなんてそんな作曲技術みんな持ってないだろ」

真里の隣の席の男子生徒が不服そうにそう言う。
真里は少し得意げな顔になった。

「わたし、経験者だし大丈夫!てか、このクラスには最強メンバーいるし!」

そう言ってふん、と鼻を鳴らす。
そして片手で指をおりはじめた。

「オリジナル曲もってる私でしょ、軽音学部の池尻さん、それからピアノコンクールめっちゃでてる橋田くん、タンバリンの九条くん」

「タンバリンの九条って芸名みたいだからやめろよ、相原」

「あはは!いいじゃん、それにそれに!

作曲ができる間宮さんもいるし!」

クラスメイトの目が間宮に向けられた。
意外なそれにみんなからの好奇の目でみられて、顔を俯かせた間宮。

「間宮さんって音楽できるの?意外。てか私声聞いたことないけど」

「俺も」

小さなそんなクラスメイトの声が間宮の耳に入ってくる。より顔を縮こませた間宮。真里が空気を変えるように両手を叩く。

「つまり、私たちは言ってしまえば自分たちで曲を作って、合唱できるってこと!そんなんさ、優勝間違いなしでしょ!」

真里の言葉にクラスの雰囲気が変わる。九条はやはり音楽のつながりは大事だと改めて音代に感謝をした。少し前の自分であればこんなことしなかったのに。
ふう、と息を吐いていれば隣に立っている橋田の拳がぎゅっと強くて握られているのが目に入る。

「橋田、俺はお前の好きにはさせないからな」

小さな声で言ったそれに、橋田はちらりと九条の方をみた。

「音代先生も、変なやつに気に入られてかわいそうに。せいぜい頑張れば?」

「そっくりそのままその言葉返すぜ」