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間宮仁穂は小さい頃から自分の気持ちを素直に言葉に出すことが難しい少女であった。
親からは「もっとハキハキ喋りなさい」と怒られることも多く、友達からは「仁穂と喋っているとイライラする」と言われたこともある。
友達も減り、どんどん内気になっていく自分に嫌気がさしはじめた中、出会ったのが音楽であった。

やっと自分を表現できる世界をみつけたと間宮は思った。
嫌なことや素直に言えないことを音楽にして人知れず発散していた。それだけで心が少しだが安らいだ。
いつも声が小さいと言われていたが、歌うときだけは大きな声が出た。

ーーー音楽は魔法だ。

有名になりたいという気持ちや、自分を分かって欲しいという気持ちがなかったと言えば嘘になる。だが、人前にでるとなると元の内気な自分が表面にでてきていた。
高校生になってもあいもかわらず友達はおらず1人で音楽にのめり込んでいた日々の中で、橋田という男との出会いは間宮にとって大きなものだった。

「いい歌声だね」

放課後の音楽室。誰もいないそこで学校に置いてあるギターを借りて密かに弾きながら歌っていた間宮。そこにあらわれ声をかけたのは橋田であった。誰かに聴いてほしいと心の中で芽生えた感情が現実になった時、どう答えていいのか分からず俯くことしかできない。

「それにいい曲、君が作ったの?」

「そうだけど」

恥ずかしさもあり少し冷たく返してしまった間宮にたいし、橋田は気にしていないのかニコニコ笑っていた。
そして橋田は「そっか、そっか」と間宮の周りを歩きまわる。
そして再び間宮の前に立つ。

「僕が、この曲を有名にしてあげる」

男はそう言った。
いろんな曲がありふれているなかで有名になれる曲は限られている。ましてや人前で歌ったこともない間宮の曲を有名にしようなんてできるはずがないのに橋田の顔はなぜか自信にあふれていた。
間宮は困惑の声色で「どうやって?」と橋田に問う。

「簡単だよ、曲に説得力が生まれれば一気に広まる」

橋田の言っていることがよく分からず首を傾げる間宮。クスクスと笑いながら間宮の隣に座り足を組んだ橋田が、間宮の抱えているギターの弦に軽く触れた。
弱々しい音が音楽室に響く。

「いい曲だけど、みんなが受け入れやすいように少し変えよう」

間宮は小さく頷いた。
そして促されるまま橋田にギターを渡す。橋田は間宮が弾いていた音を記憶をたどるように弾きはじめた。
間宮も音楽にのめり込んでいるうちにいろんな曲を聴きあさるようになり、音が分かるようになった。橋田も音楽にのめりこんでいる仲間であり、自分に寄り添ってくれる人なのかもしれないと間宮は思った。自分の歌を認めてくれたのは橋田だけであった。

「Aメロは深みをだすためにギターの音はアルペジオにしよう」

間宮が弾いていたギターの音より切なげにきこえた。コードは同じだがすべてを一緒に鳴らすのではなく、低い音から1音を順番に弾いていく。

「歌って」

橋田は間宮が入りやすいのに音に助走をつけた。
間宮は魔法にかかったように自然にすっと息を吸い、歌いはじめた。

途中までで橋田との曲作りは終わり、完成とは言えないままではあったが間宮は誰かと一緒に大好きな音楽ができることが純粋に楽しかった。

「間宮さんはこういうの苦手だろうから、僕がSNSのアカウントをつくるよ」

「あ、ありがとう」

どうしてそこまでしてれるのだろうか、と間宮は思ったが不安の中に大量に降り注いだ好奇心によって橋田のはじめようとしていることを深く知ろうとはしなかった。ただ、自分の音楽を内気な自分に変わって広めようとしてくれている人、そう思った。

「名前、何にしようか」

「本名はダメなの?」

橋田にそう問うと、少し迷ったように間宮の方をみる。

「今の自分がそのまま世に放たれるのは大丈夫なの?有名になっちゃったら学校にも知れ渡るし、大変なんじゃない?」

自分なんてそんなに有名になれるはずがない、たかが一曲で。間宮はそう思ったが、確かに橋田の言う通り自分の名前と歌が少なからず顔も知らない相手に届けられるのはこわいことなのかもしれない、とSNSに疎い間宮にも分かった。

「じゃあ、レミ、がいい」

「レミ、いいけど、なんで?」

「名前、ニホだから」

間宮がそう言えば、橋田は少し考えるように顎に手を乗せたあと、「なるほどね」と理解したように笑顔になった。
「いいと思う」と画面に打ち込んでいく橋田。

「名前はカタカナよりローマ字の方がいいね。あと曲のタイトルや曲についての前置きもなしでいく」

「な、なんで?」

「まかせるんだよ、民衆のイメージに」

橋田の策略はよく分からなかったが、間宮は頷いた。ここまできたら橋田にまかせるしかない。

「よし、準備は整ったから、あとは歌の動画だね」

橋田はのびをしたあと、ニコリと笑って間宮の方をみた。

「顔はうつらないように、学校で撮るより家で撮った方がいい。特定されないようにね」

「分かった」

「自分の中の不安とか、不満とか、全部ぶつけるように歌ってね、より感情が伝わるから」

橋田の言葉に頷いていると、
橋田は立ち上がった間宮に向き直った。
そして手を差し出す。

「僕が君の歌を有名にするって約束するよ」

間宮は魅惑的なその言葉に頭の中は好奇心でいっぱいになった。今まで自分のずっと内側に潜んでいた「認められたい」「もっと自分を見てほしい」という承認欲求みたいなものが溢れているのが分かった。我慢していた分、より多く。

間宮は差し出された手を握った。