SNSを探れば、橋田のもとめているような人間は溢れかえっている。口には出さない黒い感情たちが匿名になると月々と這い出てくる。
『死にたい』
『自分は誰にも必要とされていない』
『自分が死んでも誰も悲しまない』
ありふれているそんな言葉たちの中からより暗闇に落ちているようなものたちを橋田はゆっくりと眺めていく。画面の光に照らされている橋田の顔は、新しいおもちゃを与えられた子供のような無邪気な笑みを浮かべていた。
「いいね、これ」
そんな独り言が部屋の中に響く。
『明日、僕は死にます。もう疲れました』
橋田はその画面に表示された文を人差し指でさらりと撫でる。そしてメッセージ画面へととんだ。
『本気で死ぬ気があるなら、手伝いますよ』
そう打ち込む。返事ははやかった。
『ひやかしならやめてほしい』
『違います。僕もあなたの気持ちがわかるから。人間は1人でそう簡単には死ねない。死ぬ時も寄り添うものが必要だ』
『寄り添うってどうやって』
『明日会えますか?死ぬ場所を一緒に選びましょう』
『なんでそんなことをしてくれるの』
『理由なんてありませんが、最後の一つ頼みたいことがあります』
橋田は部屋のベッドに寝転がった。返事を待つ間、橋田は鼻歌を奏でながら画面をきりかえて、女の歌っている動画を流し始める。
「有名にしてあげるからね、間宮さん」
橋田はこれからのことを考えれば考えるほど楽しみで仕方がなかった。音代洸はこの曲をきいてくれるだろうか、きいたらなんて言うだろうか、これくらいじゃあ音代洸のあの絶望感は引き出せないかもしれない。
噂によれば、音代洸は音楽をやめてしまったときいている。
そして調べれば調べるほど音代洸の音楽人生は面白いものだった。
実力は実の父を超える勢いがあった。あの時、父という目標をなくして泣き叫んでいたのではない。
すぐそばまで迫っていた息子の脅威に打ちのめされてしまった悲しき父に嘆いていたのだ。
橋田はベッドから起き上がり、ある人物へと電話をかけた。
ピアノコンクールのことやこれから先の進路のことで相談に乗ってもらっている人物だった。
すぐにコール音がとまり「はい」と高い声が橋田の耳にはいる。
橋田は、音楽の神様に恩恵をうけているのかもしれないと自らの自尊心が高まっていくのを感じた。
「あ、もしもし、兼山先生、すいません夜分遅くに」
「大丈夫よ、どうしたの?橋田くん」
「明日、学校で話してもいいんですが、僕思いついたことがあって」
「なに?」
「兼山先生もうすぐ産休に入るでしょう、次の音楽の先生って決まってるんですか?」
「それがまだなのよ」
橋田は拳をぎゅっと握る。
「兼山先生って、音代洸と知り合いですよね?」
「え?」
「僕、全部知ってるんですよ、兼山先生の周りのこと」
「そ、れは、その、わたしの夫と、音代くんのこと?」
動揺をあらわにした声に、橋田はクスクスと笑った。
「いいんです、これ以上深入りすることはしませんから。ただ僕が言いたいのは」
ただ、音代洸という人間がどのように今を生きて、どんな音楽を奏でているのかが気になった。
「兼山先生がお休みの間の先生、音楽の先生を彼にお願いするのはどうですか」