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「探したぞ」

音代は屋上の扉をあけ、その男を視界にいれたあとそう声をかけた。
フェンスに寄りかかっている男が音代の方は向く。

「嬉しいなあ、音代先生が僕を探すなんて」

お昼休み。
音代は、ある男を探しにここまで辿り着いた。
挑発をするように音代に笑いかけた、橋田である。
いらぬ駆け引きは無用だった。
確認するだけして、音代ははやくこの場を去りたい。

「お前、池尻にバンドのことでアドバイスしたな」

「なんのこと?」

購買で買ったパンを一口齧りながら、橋田は首を傾げる。
音代は険しい顔で橋田の前に立った。

「質問にはすぐに答えろ、橋田」

「こわいな、前にも言ったじゃん僕音代先生のファンだよ?ファンにはもっと優しくしてよね」

「お前、音楽の拷問のことを知っているな」

その問いかけに橋田の口角が一直線になる。
そしてゆっくりと瞬きをした。

「で?」

「知っていて、池尻が畑にそれをするように仕向けただろう」

音代の言葉に、橋田はフェンスに背中をバウンドさせクスクスと小さく笑った。
肯定にもとれるその態度に音代は怒りを表に出さないように小さく息をはいて吸った。
橋田は、しばらく「そっかあ」と頷いたあと動きを止めて鋭い目つきで音代をみた。

「なんだ、あいつ死ななかったんだ」

音代は手に力をいれる。
怒りが爆発しないように、しないように。

「音楽で人は死なない」

「あはは、先生がそれ言う?」

音代の怒りの感情を感じとるように橋田は挑発的な態度をあえて伝わるように音代に言葉を放つ。
分かっているからこそ、冷静を装った。
ポケットから音代は、あるものを取り出す。

「お前、畑が音楽をきかされている間、何度か部室に来たんだろう」

「なんで?」

「畑が言っていた。3曲ほどをリピート再生していたが、途中で誰かが入ってきて1曲にかえられた、と。それから、曲を変えられている間そいつは鼻歌を歌っていたってな」

「へえ」と反対の手で持っているリンゴジュースを一口飲んだ橋田。
「どんな?」と音代に問いかけた。

「『死の舞踏』だ。お前がピアノコンクールで弾いた曲だろ」

橋田の瞳が大きくひらく。
坂木にきいたのはそれだった。橋田がピアノコンクールで弾いた曲はなんだったのか。
坂木は生徒の嬉しい情報はなんでも頭にいれており、曲名もちゃんと覚えていたのだ。そして、その曲は、崩れゆく精神状態の中、畑が拾った音楽のかけらと一致した。

音代はポケットから取り出した切れた結束バンドを差し出す。

「足と椅子に括り付けられた結束バンドをわざと切ったな。そして窓際に椅子を追いやって飛び降りるように仕向けたか、俺がやったように内側から出られないように外から鍵を閉めたか。

そして、畑が飛び降りたあと、戻ってきてCDプレイヤーからCDを抜き取った。外から鍵を閉めたのなら、それも証拠隠滅したんだろ」

「想像力豊かですね」

「否定するならしろ」

橋田は、パンと最後のひとかけらを口の中にいれ飲み込んだあと音代に背を向けてフェンスに指を絡めた。

「あわよくば、死んでくれればよかったのに。やっぱ2階からだと厳しかったかな」

空気を多く含ませたその言葉に、音代は眉間にシワを寄せた。
橋田は、再びくるりと振り返りふ、と笑う。

「音楽で人は死なないんでしょ?だったら、仕組んだ僕は犯罪者ですか?今すぐ警察でもなんでもよんで確認してきてくださいよ」

「目的はなんだ」

「目的なんてないです。僕はただ先生のファンで、先生みたいに音楽で」

音代は橋田の胸ぐらをつかみ、フェンスに押しつけた。
その黒い瞳で挑発的に笑う橋田を視界に入れる。

「体罰ですよ、先生」

「別にいい、元々先生なんてやるつもりなかったしな」

「もったいないですよ、音楽の力で信頼を得てきてるのに」

手を離した音代。橋田は胸元のャツを片手で
さらりと撫でて足元に転がったパンの袋のゴミを軽く蹴飛ばす。拗ねた子供のような顔をして風に揺られるゴミを眺めた橋田。音代は橋田の感情が読みとれない。何を考え、どうして音楽で人を陥れようとしているのか。

「2度と、音楽で人を陥れようとするな」

「約束はできませんね」

そう言った橋田。
音代は自らのスマホを取り出し、動画を流した。そしてそれを橋田に見せる。

「これも、お前が仕組んでるのか」

若者の間で拡散されつつある曲「自殺を促す曲」である。
橋田は、それをしばらく眺めてニコリと笑った。

「どうでしょうね」

そう言って「もう行きますね」と軽く頭を下げて音代の横を歩いていった橋田。
音代はこれ以上追いかけて攻め立てる気になれず、転がるゴミを拾い上げくしゃりと握り潰した。