「私のせいだわ。泣いてる時にちゃんと畑さんの気持ちを確認するべきだった」
坂木が両手で顔を覆う。
軽音学部の生徒たちには内密に。学校側が保身にはしっている中、飛び降りた状況が状況なだけに坂木も音代も困惑していた。
お昼休み、殺伐としている職員室の雰囲気から逃れるために坂木と音代は裏庭のベンチに座る。
音代は、畑の周りの交友関係を自分より知っているであろう坂木から話をきこうとしたが、坂木は到底冷静ではいられない。
何せ、自分が請け負っている部活の生徒が飛び降りたのだ。
「軽音楽部の他の部員には話を聞いたのか」
「それが、自殺を図ったのなら状況が落ち着くまで事情を聞くのは待てって校長が」
「顔に布が被せられ、結束バンドで縛られてんだぞ、自分でそこまでやるとは思えない」
「そうですよね」と掠れた声で返事をした坂木。いじめだとしたら明らかに度を超えていることも坂木は分かっていた。
そして、内密な動いて状況を収めたいという気持ちとこのままでいいのかという気持ちが葛藤する。
「なんで、たかがバンド活動でこんなことに」
ぴくりとその言葉に音代が反応する。
まあ、一般的に考えればそうだろうな、音楽で本気になってみっともない、と坂木はそう言いたいのだろうと音代は理解した。これ以上坂木を追い詰めるようなことは言えないが、少しむ、と唇に力が入る。
「畑からしたら、たかがではないんだろう。自分の意思でああなったにしろ、追い込まれたにしろ、この件で関わった人間は、音楽の快楽と、闇と、恐怖を知っている人間だ」
坂木は涙で腫れた瞳で音代をみる。
「私には分かりません、畑さんがなんであんなことになったのか。嫌なら、いじめられてるなら、部活をやめればよかったのに」
正確に、忠実に音をききとらないと、と怯えた彼女が坂木には理解ができなかった。
音代の仮説では、畑の焦る気持ちの延長でこの事件が起きたと考えている。
「純粋に音楽が好きだったから、頑張ろうと思ってたんじゃないのか」
「そうなんですかね、やっぱり、私には分からない」
「まあ、この件が畑自身の意思ではなく追い詰められてたとしたら、音楽は嫌いになってるはずだ」
「生きてさえいてくれればそれでいいです」
そう言った坂木。畑はまだ目を覚ましていない。
親御さんには状況を説明しているらしいが、到底納得はいっていないだろう。
坂木は考え込むように下を向いて、鼻をすん、と鳴らした。
「音代先生」
「はい」
「私にも分かるように説明してくれませんか、畑さんは部員にいじめられて自殺を図ったんじゃないんですか?
音楽の闇ってなんなんでしょう」
坂木の問いに、音代はゆっくりと口を開く。「ただの仮説だが」と前置きを添えて、坂木を見る。
「今どきの高校生がスマホからではなく、CDプレイヤーで曲を聴いてた。そして布を被せられ、手を結束バンドで縛る。これでできあがるのが、強制的に音楽を聴かせる空間だ」
「強制的に、聴かせる」
坂木は音代の言葉を飲み込むように復唱したがやはりピンときていない様子だった。
「スマホで流すと、いつかは充電が切れるか、音声反応で言葉を発したら音楽を切ることが出来るだろう、つまり、」
「CDプレイヤーだと、音楽を永遠に流せられるってことですか?」
「まあ、永遠は言い過ぎだが、そうだな、人を追い詰めるくらいには」
「そ、そんな、音楽で人を追い詰めるなんて」
「不可能じゃない」
音代がそう言うと、坂木の瞳が大きく開かれる。
追い詰める状況をつくったのは、意図的なのか偶発的に起こったのか定かではないが。
坂木は困惑しながらも、「そう、なんですね」と言った。半信半疑の顔つきで、「なら、畑さんは、」と言葉を紡いだが、その瞬間ポケットに入っているスマホが揺れた。
「あ、ちょっと、すいません」
坂木はそれをとりだして、立ち上がった坂木が音代から少し離れる。
まだ確証はないが、話してよかったのだろうかと音代は顎に手を添える。
ただでさえ、自分の受けもっている部活の部員が生死を彷徨っているのに、その原因が強制的に音楽を聴かせられたからだと、坂木が納得するには時間がかかるだろう。
ーーーー直接、本人に状況をきくことができたら。
そんなことを考えながら、音代はまだ手のつけていない膝の上にあるコンビニのおにぎりを手にとる。
そしてそれを開けようとした瞬間、
「音代先生!」
スマホを片手に走って戻ってきた坂木が音代の前に立った。
「畑さんが目を覚ましました!」