「・・・・・・で。なんでこんな急に・・・・・・」
 古びた引き戸から差し込んでくる、柔らかな春の光。
「ごめんな。両親に急かされたからさ。俺も──いや」
 藍は正面の引き戸についた窓から見えるのどかな外へ視線を固定し、眺めている。
 俺も、と言って明らかに恥ずかしそうな声になり悶える桃真をスルー。
「でも、似合ってるよ。白無垢」
「コスプレみたい。慣れないな〜・・・・・・動きにくいし」
 綿帽子の下から、ちらりと横の桃真を見る。彼もこちらを見ていて、いつもとは打って変わった雰囲気で、いわゆる黒紋付羽織袴を身につけ正座で姿勢よく座っている。
「本殿の中・・・・・・初めて入ったけど案外広いんだ」
 あたりを、衣装を崩さない程度に見回す。稲荷神社、本殿の中を。古びているが清潔な、板張りの間。
 春のある日、二人は祝言を、あげていた──つまり、天狐の試験中だ。
 外は青空、そしてしとしと、雨が降っている。桃真が持っていた、幻覚の力を使っているらしい。
「天狐に、なったらさ」
「うん?」
 視線を前に戻し、互いの体温を感じつつ、なんとなく小声で話を続ける。
「私の心の中は、見たいとは思わないの?」
「あー・・・・・・ははは。知ってるからな。俺傷つくだけだし」
 特に桃真のその言葉に返すことはしなかった。
「見ていいよ」
「え・・・・・・や、それは、やだよ」
 表情が見えなくてもわかる。困ったような声。
「・・・・・・じゃ、さ。見てもいいってくらいの気持ちを持ってるってのは、知っといて」
「気持ち、って」
「友情よりの好意・・・・・・かな」
「・・・・・・え? なんて?」
「聞こえてるでしょ!」
 今まで厳かな雰囲気の中声を潜めていたと言うのに、つい地声を出してしまう。
「聞こえてた」
「なんなのよ」
「意味がわからない・・・・・・」
「ややこしく考えないで」
「考えちゃう言葉だから。なに? 好意よりの友情って」
 好意よりの友情ではなく友情よりの好意、と言ったつもりなのだが、まあいいだろう。それほど動揺しているのか、桃真の声は震えている。
「・・・・・・このままマジで付き合っちゃってもまあ差し支えないってこと!」
 隣で、息を呑むような音が聞こえてきた。たまらずふと顔を上げれば、いつの間に移動したのか目の前には桃真がいた。溢れんばかりの笑みを浮かべて、藍を正面から見つめて。
「・・・・・・俺、こんなだし普通のこと、なんもできないけど・・・・・・それでも、これからもそばに、いてくれる、って、こと?」
「もちろん」
 見上げた桃真の顔が優しくて、なんだか泣けてきた。
 ぐす、と鼻を啜る。バレないようにしたつもりだけど、桃真の手がそっと伸びてきて、膝に乗せてあった藍の手と重なった。
「初めて見たかも。相生さんの涙。いっつも見えないところで泣いてるからさ」
「泣いてない」
 言いながら藍は顔を上げて、満面に明るい笑みを浮かべた。
 春の陽光が差す外を見れば、白いアネモネが群生して揺れている。