数十分経って、暇持て余しスマホをいじり出した藍の前に姿を表した桃真は、浴衣姿になっていた。灰に白のストライプが入った、オーソドックスな浴衣だが、桃真によく合っていた。
「お。合わせてきたね」
「一応な。後夜祭みたいなもんだろ?」
「後夜祭・・・・・・まあ、合ってなくもないけど」
「またややこしい言い回しを・・・・・・なんて言った? 合ってなくも?」
 つい出てしまった。桃真が呆れ顔で笑う。
「なくもなくもない」
「増えたな」
「合ってないけど合ってるよってこと」
「訳してくれたとこ悪いけど、もっとわかりにくい」
「すいませんね語彙力なくて。・・・・・・どうせなら全身狐柄の浴衣でも着てくりゃよかったのに」
 じろりと全身を眺め直しながら嫌味を言うが、桃真は大真面目にうなずいた。
「うちにあることにはあるんだけどね」
「えっ、あるんだ」
「でも女ものだ」
 吹き出しそうになった。踊る狐が大量に描かれた女ものの着物で、品を作る桃真を想像して。怪訝そうな桃真だが、今の想像はさすがに言えない。ごまかすように話題を強制終了する。
「しようよ花火。ここ暗いし」
 灯りのない稲荷神社は、桃真の家と道路の街灯からもれる光で、かろうじてその姿を浮かび上がらせていた。
「ああ。これ。バケツと蝋燭。一応風よけも」
「デキる男・・・・・・じゃないや狐だね。さすが」
「・・・・・・やるぞ」
 照れ臭そうに、顔を逸らして桃真が言った。手早く風よけを広げて、蝋燭を立てる。
 なんか、懐かしいかも、この感じ。彼の声の変化。顔の逸らし方とか。
「はい、ライター」
「おお。助かる」
 ぽいっとライターを渡す。幾度となくカチカチと音を鳴らし、桃真が火をつけるのに苦戦している間、藍はバリエーション豊かな花火を前に悩み始めた。
「ひとまず線香花火はトリとして・・・・・・なにする? 桃真」
「相生さんと一緒がいい」
 対してこちらを見ることなく、即答。
 しばらくして、ぽっと暖かい光が稲荷神社を照らし出した。
「あ、ついた。ご苦労様」
「ああ」
 さっと顔がそれる。
 あ、照れた。
 ちょっと褒めただけでこの反応。さっきから顔を赤くする頻度が異常である。また熱が出そうだ。・・・・・・あれ? もしかして私桃真の熱の原因だったりする?
 さりげなく大胆な言動をとるくせに、毎時で照れる数は多いのだ。
 顔をそらしたままの桃真に呆れてから、藍は一人花火を並べた場所に向かって、二本、花火を手に取った。
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