かこかこ、軽やかな音が神社の境内に響く。
「それにしても、よかった、夏休み前により戻せて」
 朱音が陽気に、ばしばしと藍の背中を叩く。すると、その言葉にはっと気づいたのか、隣にいた友達が周りを見回した。
「あれ? そういや、大神くんは?」
「ちょっとアイ、愛しの彼氏は〜?」
 あちこちから野次が飛ぶ。再びの猛アタックによりヨリを戻した、というのはこれまた有名なエピソードである。
「あ〜、なんか熱だって。せっかくの夏祭りだってのにさぁ」
 今日は、クラス皆で夏祭りである。もっとも有志だけであり、勉強をしたい子や他クラスの子と行く子は別であるが。
 可愛く浴衣を着付けた琥珀も一緒だ。
「心配じゃないんですかー?」「アイさん、強がらないでくださーい」「今後お見舞いに行く予定はあるんですか?」「白状しろ!」「吐け〜」
 記者や刑事の口調で詰め寄られる。いやいやいや、世界観統一できてないから。
「・・・・・・あっ、りんごあめ!」
 そっぽを向いて、ちょうど目に入った屋台を叫ぶ。あちこちにさげられた提灯の灯に、りんごあめのコーティングが輝いていた。
 朱音が素早く反応した。
「夏祭りの定番だ、買ってくる。いる人!」
「いる」「私も」「買ってきて」「はじめてのおつかいだ」「私いちごあめで」
 ほぼ全員の手が挙がる。未だこういった場に慣れない琥珀が、一拍遅れて声を上げた。
「私もお願いしていいかな」
「うんうん。あとでお金はもらうからね!」
 朱音が離れていく。藍は、財布を出して手持ちの金額を確認している琥珀に近づいた。
「琥珀、最近どう? 化粧とか、慣れてきた?」
 ちらりと目元を見ると、薄くつけられたアイシャドーが確認できた。
 あれから親交を深めていくと、どうやら人間の姿に慣れることができず、友達作りや化粧などに手を伸ばすこともしなかったらしいのだ。前半部分を隠して朱音に伝え、二人で琥珀に化粧指南をすることもしばしば。
 うんうん、すっごい可愛い。
「はい! ありがとうございます。浮いていないかと心配だったので。今日も、浴衣を着付けていただいて、下駄まで貸してもらって」
「いやいや全然。琥珀、ちょっと足のサイズ小さいからさ、お下がりだけど」
 ぽんぽん、と笑みを浮かべた琥珀の頭を撫でる。
 それから、半径一メートル程度以内に人がいないのを確認して。
「桃真、大丈夫なの?」
「あ、心配なんですね」
 琥珀がふふっと微笑みを浮かべる。天使のような笑みに、以前とは違いどこか親近感を感じた。
「違うってば! 最近休むこと多いから!」
「つまり心配なんですね。そうですね・・・・・・狐は結構暑さに弱いところあるので。ただ、死にはしないし移りもしないので、安心して見舞いに行ってやってほしいです」
「・・・・・・そういえば私、桃真の家知らない」
「わかると思いますよ。稲荷神社の隣の豪邸なので」
「ご両親も狐?」
「ええ。稲荷神社の神使を、世襲制で担っています」
 そう知れば、彼の家の立地に不思議はない。
「行ってみようかな。夏祭り終わったら」
「線香花火でも持っていってあげてください」
 琥珀はそう言ってから、ちょっと寂しそうに微笑む。
「実は・・・・・・片想い」
「えっ」
「へへ。してたんですよね。・・・・・・でも、振られたんですよね〜中学のとき。好きな人がいるからって」
「ふぅん・・・・・・」
「あ、ちなみに今は全然ですから! 吹っ切れたので。本当にごめんなさい、なんでこんな話したんだろ私」
 琥珀がぶんぶんと顔の前で手を振る。彼女の顔に、無理は浮かんでいるようには見えない。
 それよりも、先ほどの琥珀の言葉に胸がざらりと違和感を訴えていた。
「はいっりんごあめ〜。一個五千円!」
 両手に大量にりんごあめを持った朱音が叫んだ。
「えっ、高くない⁉︎」
 そんなに持ってないよ私、と声が上がる。
「嘘だろ。相場五百円だぞ」「ぼったくり!」「詐欺師だ」
「ごめんって。正解。五百円です。頼んだ人、来て〜」
 喧々囂々と吹き荒れる批判の嵐にぺろっと舌を出し、次は真面目な顔になって順々に配っていった。
「じゃ、琥珀、行こっか」
「はい、行きましょう」
 二人で下駄を鳴らして、朱音の元へ走っていく。
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