「大神くん。ノート取ってるの? 窓ばっかり見て。・・・・・・もう、ちゃんと取りなさい」
 今日もまた彼を見てしまう。窓の外、夕立が降りそうな空ばかり見て授業のノートを取っていないことを先生に怒られている彼を。
 皆はまあそうだよなみたいな雰囲気で意に介さない。最初の方は桃真がなにか粗相をやらかすたびにちらちらと視線を感じたが、今となってはそうなるのは、水の低きに就く如しであると周知されている。
「ちょっと大神くん。聞いてるの? 平常点、このままじゃ最悪よ。課題は必死に出してるけどね、この前の小テストも悪かったし──」
 先生の、成績情報暴露は止まらない。それなのに、彼はすみませんと謝りながらどこか遠いところを見ている。
 見ているこっちが、申し訳なくなる。
「本当に、このままいけば進級できないよ」
 先生の、その重い言葉は、間接的に藍を圧迫する。
 ・・・・・・ああ、もう!
「雨降りそう」
「ほんとじゃん! やっば」
 先生の注意が桃真に向いているのをいいことに、あちこちでこそこそと話し声がする。
 本日最後の授業もあと数分。今にも降り出しそうな、薄暗く湿った空気に、カバンの中を探って折り畳み傘を見つけようとしている人も多い。
「あっ折り畳み傘忘れた! サイアク」
「私持ってる」
「えっ、駅まで入れてってよ」
「降水確率二十%だったのに〜」
「雷鳴るかなぁ。やなんだけど」
「って、ああ、ちょっとちょっと! はい、静かに!」
 徐々に騒がしくなっていく教室に気づいた先生が教卓に戻ったと同時に、チャイムが鳴った。ナイスタイミング! と、小声ながら本音を思わずこぼした男子を先生が軽く叱ってから、号令がかかる。
 終礼が始まる。藍は、ルーズリーフの端っこを切り取って、書き始めた。
 大神桃真へ、と。
 かなり逡巡した。それはもう、数分で、自分のお粗末な脳内キャパも考えずにすごいスピードで頭を回転させた。
 本当に? 本当にいいのか私。今考えていることは、いいことなのか? 大丈夫か? なら、場所は? どういう話をすればいい?
 ただ、本気で考えすぎたのか、最後の方はほとんどなにも考えずにまあいいんじゃねと思った。別に、生死に関わることじゃないんだし。死にゃあせん、と。
 そんな脳ショート状態で書いた。だから、そう、だから。この時点では、そんなに深い意味はなかったんだ。
 大神桃真へ。放課後、稲荷神社にて待つ──という言葉に。
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