「別れよう、アイ」
「・・・・・・え?」
 耳を疑った。つい聞き返してしまったけど、その言葉を繰り返してはほしくなかった。だけど心は、彼の言葉をしっかり分析して、しっかり傷ついていた。
「っ・・・・・・言わ、ないで、やめて」
 ぐしゃりと、(らん)の顔が崩れた。目の前の彼が、眉尻を下げて困ったような顔を浮かべつつ躊躇いなく口が動かしたのを見て、ずきりと心に傷が増えた。
「別れよう」
 再び発された、藍の心をこれでもかと切り刻む言葉。
 (らん)は、はっきりと傷ついた顔をした藍を見て目を伏せ、そのまますり抜けて行こうとする。
「っ待って。なんで? なんでなの?」
 慌てて手首を掴む。とても、とても好きな人だ。自分が横に立っていいのかわからないくらい完璧な人だけど、それでも立っていたいと思えるほど好きな人だ。
 行かないでほしい。まだ、ここにいてほしい。
 藍の切実な気持ちが伝わったのか、蘭は軽く唇を噛んだ。
「ごめんっ・・・・・・」
 謝罪とともに、ぱしんと乱暴に振り払われた手。いつも優しく触れてくれた彼はいなかった。
「違うよ・・・・・・」
 違うよ。違う。違うよ、蘭。
 ごめんじゃない。
 ぼたぼたと涙が落ちては、校舎裏の乾いた地面に吸われて消える。欲しい言葉は、ごめんなんかじゃない。謝罪なんていらない。
 肩口の黒髪が、さらさらと流れた。
 欲しいのは、理由だ。別れようという言葉の、訳だ。言い訳でもいいから、なにか話して欲しかった。藍は、ごめんなんてそんな言葉一つで納得するようなたちではない。泣き寝入りなんて、そんなに情けないつもりは、そんなに弱いつもりはない。
 だけど、蘭が振り返ることはなかった。
 風でも吹いたのだろうか、がさりと、近くの茂みが大きく揺れた。
「ら、んっ・・・・・・」
 四月のほのかに暖かい陽気の下、大好きな彼氏は、元カレになった。