※エピローグの裏で何があったのかは『最後の日記』の追憶編に書いてあるので、先に読んで頂いてから読むことをおすすめします

 2005年8月15日、60回目の終戦日……
 私は不思議な夢を見た。
 久し振りにヒロが出てきて嬉しかったが……よく分からない事を言っていた。

「やあヒロ……久し振りに会えて嬉しいよ……やっと迎えに来てくれたんだね?」

「そんなんちゃうわ〜実は源次に頼みたい事があってな……これからお前には、まだやらなあかん事がある……俺と純子と遠い繋がりがある、あの子を助けてやってくれ……頼んだで」

 翌年の4月に新しい相談員の神山くんが入ってきて、だいぶ期間が経った頃……
 施設長になった安西さんが篠田さんにキツく当たっているのを見かけた。
 きっと色々な仕事を押し付けられているのだろう……以前は元気だった篠田さんの体調は明らかに悪くなっていった。

 具合が悪い事を必死に隠している笑顔が痛々しく……それを神山くんは見抜いているようで、さり気なくフォローしていた。
 ある日、急に休みになった篠田さんの休みの理由を尋ねると、代わりに送迎だった神山くんに相談された。

「実はあいつ、昨日全然休憩もらえなかったみたいでロッカー室で倒れちゃって……俺、色々あって起きた時に乗る車イスを用意すること位しかできなくて……本人は今日も来たがってたみたいなんですけど、俺には何もできないのが悔しくて…………こういう時どうすればいいんですかね?」

「そうだなぁ……私は妻の元気がない時は、歌をよく歌ったな。妻は歌が好きでね……私の下手くそな歌を聞いて、嬉しそうに微笑んでいたよ」

「そっか…………貴重なアドバイス、ありがとうございます!」

 私は日に日にやつれていく篠田さんが心配で、送迎中に尋ねてみた。

「最近、体調が悪そうだけど大丈夫かい?」

「えっ? あ〜すみません、ご心配かけちゃって……だ、大丈夫です」

「あまり無理をしてはいけないよ? 君も色々つらいと思うが、人の不幸を願う人にだけは、なってはいけないよ……そういう悪い心持ちは、いずれ自分に還ってくるからね」

「はい、先生っ! 心配してくれてありがとうございます!」

 私は同じ女子高の教師だった事は彼女に告げていないが、先生をしていた事は利用者情報書類に書いてあるので皆が知っていた。
 彼女に伝えたい事が、あと二つあったのだが……家に着いてしまい言いそびれてしまった。

 ある日、彼女は何日か続けて休んだ後に出勤してきたが……デイルームの隅で左肩を押さえてうずくまっていた。
 他のスタッフや看護師は「大げさに痛がってる」と笑っている……

 私は、どうしたのか尋ねたが「何でもないです」とはぐらかされてしまった。

 利用者間の情報によると、安西さんが運転する車の添乗として篠田さんが乗っていた帰りの送迎で事故があり……その時に左肩を怪我したから、最近お風呂係ができずにレク係になっているのでは……とのことだった。

 そしてあの子は、再び来なくなってしまった。

 そして2008年4月1日……
 私は嫌な夢を見た。
 あの子が電車に飛び込んで自殺する夢……
 そして、何処からともなく不思議な声がして「あの子が助かる方法があるが、その代わりにあなたは死ぬ」と誰かに告げられた。
 そして「死にたくなければ、その場所に行くな」とも……
 
 まさかとは思ったが、私は嫌な予感がして夢に出てきた最寄りの駅に急いで向かった。
 万が一の事があってはならないし、なぜだか分からないけれど、そうする事でヒロが最後の手紙に書いていた「子供に『空』という名前をつけて欲しい」という願いも叶う気がして……一切の迷いはなかった。

 私が杖をつきながら駅のロータリー近くに駆け込むと……
 ホームの端で今にも線路に飛び込もうとしている篠田さんが見えた。

「篠田さん! 死なないでくれ……伝えそびれた言葉があるんだ! 『逃げてもいいから生きていて欲しい』、『自分らしくしっかり生きていきなさい』って……」

 私は強く願いながら、急いで駅に向かうためにロータリーに飛び出した。

お願いです!
私の命を賭けてもいい!
あの子をどうか助けて下さい!
どうか奇跡を……起こして下さい!

パーーーーーーン

 後ろから車のクラクション音がした後……

 私は気が付いたら駅前の街路樹の下で仰向けになっていた。
 多分少し離れた所に斜めに停まっているトラックに轢かれたのだろうが、不思議と痛みはなかった。

 そういえば彼女は大丈夫なのだろうか……と思っていたら、何処からともなく声がした。

「お前のおかげで大丈夫や!」

「源ちゃん! 音楽の奇跡って……やっぱりあるみたい!」

「ヒロ…………純子…………? ずっと一人で寂しかった…………やっと……やっと……迎えに来てくれたんだね? 待ちくたびれたよ……約束通り、本も出して……次の世代に引き継いだから……私にはもう……思い残すことはない」

 私が本を出せたのは、小さい出版社が尽力してくれたおかげで……いつも本屋の片隅に置かれていたが、いつか必ず大切な誰かに届く気がしていた。

「一人じゃないだろ?」

 ヒロの声がして……ヒロと純子がいて……その後ろに私が今までの人生で出会ってきた沢山の仲間達が見えた。

 そして日記が見つかった日に、「高田さん、誕生日おめでとうございます! 私、奥様と同じ誕生日でよかった! 高田さんに出会えて……本当によかったです!」と泣きながら笑っていた篠田さんの笑顔が見えた。

 私は最後の力を振り絞り……星の髪飾りに願いが届くよう、木漏れ日から降り注ぐ光に手を伸ばした。

未来を生きる君がどうか、
幸せに生きていけますように……

あの子が生きていく先の未来で、
沢山の大切な誰かに出会えますように……