2003年1月7日……
 最愛の妻の純子は、享年75歳で亡くなった。
 小さい時は神龍小学校に通い、お寺の名前にも龍がつき、昔からなぜか龍に縁があると笑っていたが……
 まさか島田くんや坂本龍馬と同じく、誕生日と命日が同じ日になってしまうとは……

 妻は比較的若いうちから緑内障を患い、視力が段々と失われて晩年は全盲に近かったので車イス生活だった。
 デイサービスがない日は私が妻の車イスを押して、彼女が好きだった散歩道を歌いながら歩くというのが、お決まりのパターンだった。

 完全に見えなくなってから書けなくなった日記だが、私が代筆すればいいのだと気付き……
 2003年1月7日の誕生日プレゼントは、久し振りに何年分も書き込めるように立派な分厚い日記帳を用意していた。

 1月7日の朝……何かが落ちたもの凄い音で目覚めた私は、隣に寝ているはずの純子がいないのに気付き……
 急いで探しに部屋を出たら、階段下でうずくまっていた純子を発見した。
 左腕を骨折したものの命に別状はなく、一時は大丈夫かと思って安堵したが……
 頭も打っていたのに痛みを我慢して伝えてくれなかったのが災いして、急性硬膜下血腫でその日の晩に亡くなってしまった。
 全盲になってから一人で2階へ上がる事なんてなかったのに、なぜその日に限って……

 そもそも緑内障になっていなければと過去を思い返すと、妻は目の上をよく怪我していた。
 一度目は空襲で右目上を……
 二度目はアメリカの子を庇って左目上を……
 一時的に悪くなった視力も治ったので安心していたが、怪我のダメージも蓄積されていたのだろうか……
 私が守ってあげられていたら、こんな転落事故も起こらなかったのだと思うと……本当に自分に腹が立った。

 純子は意識がまだ少しある頃、病院のベッドの上で握っていた私の手を僅かに握り返してくれた。

「すまない……私が昔、ちゃんと君を守ってあげられていたら、こんな事にはならなかったのに……本当にごめん……私は結局、君を幸せにしてあげられなかった……」

 その時、危篤を告げるアラームが鳴り、医師らが慌ただしくなる中で私は思わず叫んだ。

「純子? 待ってくれ! 私を一人にしないでくれ! ずっと一緒にいてくれ! ずっと言えなかったこと……渡したかったもの……謝らなきゃいけないことがまだあるんだ! 純子、愛してる! 君を愛してる! だから……」

ピーーーーーーーー

 その音が鳴り響いた時、私は約束通り同じ日に死のうとしたが……
 医者に止められているうちに日付が変わってしまい、結局叶わなかったので約束は一年後に実行する事にした。

 デイの篠田さんと新たな約束をするまでは、家に帰って一人になると「ヒロと違って私は純子を幸せにしてやれなかった」と後悔ばかりの日々を送っていた。

 2005年1月7日……妻が亡くなってから2年後であり、ちょうど戦後60周年になる、その年の純子の誕生日……
 私は妻の遺影の前に、ずっと渡せなかったもの……ヒロに返してと頼まれていたウサギの人形を、誕生日プレゼントとして供えた。

「遅くなって本当にすまない……誕生日おめでとう……今日も行ってくるね」

 いつものように迎えに来た篠田さんに星の髪飾りを渡すと、最初は困った顔をしていたが「今度の誕生日に貰うから」と伝えると、受け取ってくれて丁寧にお礼を言われた。
 純子と生き写しのような嬉しそうな笑顔で……

 2005年11月15日……
 私は誕生日プレゼントの『空を見上げて』という曲を、篠田さんと一緒に聞く事ができた。

「ありがとう……思っていた通り、素敵な曲だ。本当にありがとう……妻も喜んでいるよ。それに誕生日に手紙を貰ったのは久し振りだ」

「奥様から貰った以来ですか?」

「いや妻は恥ずかしがり屋で、結婚してからは手紙を書くなんてなかったから……ずっと書いていた日記も行方不明で…………きっと私との思い出を残したくなくて、早めに処分してしまったのかもしれないな」

 自虐的に笑う私を、篠田さんは一喝した。

「手紙……どこかにあると思います! 何でか分からないけれど、そんな気がするんです……同じ誕生日だからですかね? 私なら長年連れ添った相手に、ちゃんと感謝と想いを伝えたいから……日記も捨ててないです! 必ず、どこかにあります! 見つからないなら私が一緒に探しますから……どこか心当たりはありませんか?」

「そういえば妻が亡くなった日、全盲で見えないのに一人で2階に行こうとしてたんだ……」

「じゃあ2階に行きましょう!」

 二人で手分けして2階や家中を探したが……結局、日記は見つからなかった。
 篠田さんは諦めきれないと、もう一度2階を探してくれた。

「探してくれてありがとう。日記は諦めるよ……今日は本当にありがとう。素敵な曲のプレゼントと手紙もくれて……」

「でも、まだ……」

「いいんだもう……私は以前より前向きになったから……『空を見上げて』って曲がある事に励まされて、最近よく空を見上げるようになって気付いたんだ。雨上がりの空にかかる虹の尊さや、あの窓から差し込んでいるような優しい木漏れ日の美しさに………………あれ? あんな所に箱がある……下ばかり探していて全然気が付かなかった……」

「あのタンスと天井に挟まれているやつですか? 私、背が高いから届きます!」

 下ろした箱を開けてみると……その中には私が昔あげたクシや純子の絵、ヒロからのプレゼントやウサギの人形、結婚して以降あげた折り畳み傘などの誕生日プレゼント……そして沢山の妻の日記が入っていた。
 家で葬儀をする時に散らかった部屋を片付けて貰ったが、その時に箱をタンスと天井のスキマに入れてしまったのだろうか……

「よかった、見つかって~読んでみて下さい! きっと奥様の最後の想いも書いてあると思います」

 恐る恐る一番最近にあげた日記を開くと……最後のページに手紙のような沢山のメッセージが書き込まれていた。

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〈源ちゃんへ〉

緑内障で目が完全に見えなくなる前に……私の想いを、ここに残します。

あなたの隣にいられて、私は本当に幸せでした。
視野が狭くなっていく暗闇と絶望の中で、あなたの声が……手の温もりが、私の「希望の光」でした。

あなたはすぐ自分より光ちゃんの方が私を幸せに出来たはずと不安になるけれど……
私の初恋の男の子は光ちゃんだったけど、私が初めて好きになった男の人は「源次さん」あなたでした。

私があなたと初めて出会った時、どんなに緊張していたか……あなたは知らないでしょうね。

私がアルバムを見せようとして倒れたのを庇ってくれた時……
背中に感じたあなたの鼓動で必死に守ってくれたのが分かって嬉しかった。

七夕の日、虫に慌てた私を落ち着かせようと抱き締めて取ってくれた時や虫を逃がしてた時……
ドキドキしたし、なんて優しい人なんだろうって思った。

初めての誕生日プレゼントを貰った時……
傘で怪我したかと心配して初めて握ってくれた手は、優しくてあったかかった。

空襲の時……私は本当は、このまま死ぬのだと諦めていました。
でもあなたが来てくれて、手を引いてくれて……
痛かったけど嬉しかった。

あなたは生きることを諦めていた私を、人生ごと救ってくれました。

また歌えるようになった日に、おんぶしてくれた背中は……本当のお父さんみたいだった。

お寺であなたに初めて口づけをした時……
本当は心臓が飛び出しそうになるくらい恥ずかしかった。

源ちゃん……プロポーズの言葉、覚えてる?

「僕には未来が見えます! 僕の隣には君がいて、おばあちゃんになっても君は美しい! 相変わらず歌が上手くて、相変わらず下手な僕の歌を聞いて、しわくちゃの綺麗な笑顔で笑ってる……そんな未来が必ず来るんです」って……

戦後の酷い有り様で未来が信じられなくなってた私に言ってくれた、この言葉……
50年後に現実になって、本当に嬉しかった。

「この日記帳に僕との日々を残して下さい! 僕と結婚して下さい!」って源ちゃんらしいプロポーズ……

私は一言一句覚えてる。
私にとって宝物の言葉……

あなたは心配してばかりだったけれど、
私はずっと幸せだった。

何もなくなったあの場所で、
明日も生きていこうと思えたのは、
源次さん……あなたがいたからでした。

だから次第に視力を失って、何も見えなくなったとしても……
あなたの声が聞ければ何も怖くない。

あなたはすぐ自分の事を卑下するけれど……
私はあなたがいいの。
あなたでないとダメなの。

私が結婚したのは光ちゃんの頼みだからじゃない……あなたが好きだから結婚したの。

結局、私達の間に子供はできなかったけれど……私は源次さんがいたから、子供がいなくてもずっと幸せでした。
それは、ここにある沢山の日記を読んでもらえれば分かると思います。

最初の誕生日プレゼントのスミレの傘は空襲で燃えてしまったから、戦後25周年に折り畳み傘を貰えて嬉しかった。
出来ることならこの傘を差して、あなたと傘寿を迎えたいけれど……

プロポーズの時は変な約束をしてしまったから、また新しい約束をして欲しいです。

「私がいなくなっても、ずっと長生きして下さい」

あなたは私に、戦争という地獄のような時代で生きていく勇気や希望をくれました。
だから私も、あなたが生きていく勇気や希望になりたいです。

こんなに長い手紙を書いてごめんなさい……
あなたの隣にいられて、私は本当に幸せだって事をどうしても伝えたかった。

あなたにずっと、言えなかった言葉があります。

「私はあなたを、愛しています」

「いつまでも、いつまでも、ずっと……
源次さんを、愛しています」

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 私はそれを読んで涙が止まらなかった。
 そして同時に嬉しかった……偶然にも僕が最後に伝えた言葉と全く同じだったから……

「ありがとう純子……ありがとう篠田さん……この日記は私にとって、人生で一番の……最高の誕生日プレゼントだ」