あの日、あの時、
僕達は必死に生きようとしていた
立ち上がっては打ちのめされた
絶望の日々と闘いながら……

そして僕達は見つけた
救いのない今を生きていくために
子供達の未来を守るために
本当に大切だったことを……


 この物語の主人公は『最後の日記』の小説の追憶編に出てくる高田さん……
 昔、私にある誕生日プレゼントをくれたおじいさんである高田さんとの出会いをきっかけに、
 戦争・空襲・特攻・差別……大変な時代を生き抜いていた沢山の方々の日常や縁のある場所を調べていく中で偶然見つけた、場所・日付・名前が同じ奇跡やある歌の過去……
 『最後の日記』との不思議な共通点や様々な出会いから生まれた、未来に送る願いと希望の物語……

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「高田さん」
「源次!」
「源さん?」
「源にいちゃん」
「高田先生~」

 誰かが私の名前を呼んでいる。

 深い眠りを妨げられて不快なはずなのに、その声はどれも優しさに満ちていて不思議と心地いい。

「源ちゃん? 起きて?」
 その声の主はすぐに分かった。
 忘れもしない妻の声……

 今日という日は特に恋しい、二度と聞けなくて一番聞きたかった声……

「やっと迎えに来てくれたか」
 私はずっと、その時を待っていた。
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「高田さん? 高田さん! 大丈夫ですか?」

 右横から聞こえるその声に答えるために目を開けると……

 そこはデイサービスの車の中だった。
 どうやら帰りの送迎の途中で、いつの間にか寝ていたらしい。

「ああ……大丈夫だ。君の運転が心地よくてね……天国に行きかけたよ」

「また~高田さんてば変な冗談ばっかり言って~」

 軽自動車を運転しながら困ったように笑うデイ職員の篠田さんの横顔は、やはり妻に似ていると思ってしまった。

「着きました。高田さん……今日は誕生日プレゼント本当にありがとうございました! 本当は貰っちゃいけないんですけど施設長が特別にって……」

「そうか……それはよかった」

「私、本当に嬉しかったです。なんてお礼をしたらいいか……」

「こちらこそ貰ってくれてありがとう。使って貰えると妻も喜ぶよ」

「いや……本当にキレイな日記帳ですぐに使うのは勿体ないので、しばらく仏壇にお供えします!」

「ぶ……仏壇に? アッハッハッハ相変わらず篠田さんは面白い子だ。それじゃあね……さようなら」

「あっ……高田さん待って下さい! 高田さんの誕生日って11月15日ですよね?」

「そうだよ?」

「私、作曲が趣味だったんですけど、昔作りかけていた曲の続きが今日浮かんだんです! 高田さんの誕生日プレゼントになるか分からないですけど、出来上がったら聞いてもらえますか?」

 突然の申し出に、私は少し戸惑ってしまった。
 そして、もし断りでもしたら泣いてしまいそうな表情だったので、思わずこう答えてしまった。

「……ああ、楽しみにしてる。じゃあまた明後日ね」

 杖を持って車から降りて帰っていく車を見送り、「ただいま」と誰もいない我が家に入る。

 昔より不自由になった足腰に走る痛みを誤魔化しながらいつもの席に腰を掛け、仏壇に向かって手を合わせた。

純子(すみこ)……誕生日おめでとう」

 2004年1月7日……
 今日は妻の誕生日であり命日でもある。
 一年前の今日、妻は私を置いて静かに旅立ってしまった。

 日記帳は毎年誕生日プレゼントとして妻に渡していたが……
 本当は去年渡すはずだった日記のページは相変わらず真っ白で……
 家に置いておくのは忍びないので同じ誕生日である篠田さんに渡すことにした。

 そして約束通り今日で全てを終わらせようと思っていた。
 思っていたはずなのに……
 私は新たな約束をしてしまった。

「誕生日プレゼント……か……」

 デイサービスの荷物を整理しながら、私は彼女と初めて出会った日のことを思い出していた。

 毎朝毎朝、目が覚める度に妻がいない現実に向き合うのがつらく、生きる気力も失っていた4月1日……
 デイサービスに到着すると新しい職員の紹介があるらしく、早めに朝の会が始まった。

「え~新しく相談員になりました篠田(しのだ)春香(はるか)です! え~と立教大学出身で埼玉生まれで誕生日は1月7日の22歳、それとAB型です! よっよろしくお願いしますっ」

 緊張感が丸わかりの気合の入り過ぎた自己紹介に一同がシ~ンとした後……

 デイルーム中がドッと笑いに包まれた。

「アッハッハッハ! お姉さん、お見合いじゃないんだからプロフィールまでいらないべさ~」

「そ、そうですね~」

 思わぬ共通点に一瞬で親近感が湧いた私は、ツッコミを入れた(とみ)さんの後に続いて「いいぞ新人~もっと教えてくれ~」とみんなを盛り上げた。

 以後、毎朝デイサービスに着くなり変な挨拶をして新人をからかうのが日課になり……

「おはよう! 新しく相談員になりました高田源次です」

「も~高田さんたら~」

 クシュクシュな笑顔で爆笑する彼女を見るのが毎回の楽しみになった。
 妻と同じ誕生日の子を笑わせる事で妻も笑っている気がした。
 元々少し妻の若い頃に似ている気もしたが……その子を通して妻の笑顔が見たかった。

 私はその子との出会いによって、お調子者の高田さんというデイサービスの中での自分を取り戻していった。

 ただ彼女の名字を呼ぶ時……
 私は少しだけ痛みを伴った。
 篠田という名前は私にとって、つらく苦しい特攻隊の頃を思い出すと同時に、楽しくてかげがえのない、大切な取り戻したかった過去であり……
 悲しい後悔が残る特別な名前だから……