▶第5話
●軍学校第三校庭
I班の間には気まずい空気が漂っている。
シャーロットはハルリアナと視線を合わせず、シオンは黙ったまま。
ハルリアナ<さて、これでどうしましょうか……>
ハルリアナ<お養父様には、Eクラスの力の底上げをしなければならないと言われましたが、これでは……>(ため息)
ハルリアナ<学生を相手に、最初の一歩目から躓くとは。元将校として情けない……>
そんな会話もないI班に近づいてくる、相手役のH班。
大柄で、柄の悪そうな男子(ロジャー)を中心に据え、キツネ目の眼鏡男子(トッド)と気位の高そうな茶髪の女子(ジャネット)がこちらに歩み寄ってくる。
ロジャー「おいおい、ひどい組み合わせだな。無能に、雷姫に、厚顔皇女かよ。これでランダムとは笑わせるなァ。教官殿もわざと落ちこぼれを集めたんじゃねえの」
ジャネット「ほんとォよね」
モノローグ)H班 ロジャー・ヒューズ、トッド・ウィンター、ジャネット・ブリニアスキー――配役:怪魔
ハルリアナ<『無能』に『雷姫』……?>
ハルリアナ「……あなたがたがH班の方々ですね。お相手、よろしくお願いします」
トッド「は。すました顔をして。代表の怒りもわかります。差別主義国の皇族が、よくも大きな顔をして我が国にいられますよね」
ハルリアナ「……」
トッド「まあいいでしょう。まずはこの訓練であなた方の班を完膚なきまでに負かしてやります。敗北を喫し、それからこれからの身の振り方を考えるといいですよ」
ジャネット「そうそう。学校から追い出してあげる! 使えないお姫様と、落ちこぼれ以下の無能も一緒に!」
ジャネットの嘲りに、今まで黙っていたシャーロットが顔を上げ、ジャネットを睨みつける。
シャーロット「……ちょっと。聞き捨てなりませんわね」
ジャネット「あら、あたし何か間違ったこと言った? ろくに得意魔術すら制御できないお姫様で間違いないでしょ? あんたと一緒に戦場に行ったら怪魔じゃなくて味方が死ぬわよ」
シャーロット「くっ……、」
ハルリアナ「……」(ちらりとシャーロットを見る)
ロジャー「まあとにかく、落ちこぼれチームは落ちこぼれチームらしく大人しくしてろよな!」
ジャネット「ふんっ」
高笑いしながら去っていくH班のメンバーたち。
シャーロットは悔しげに歯を食いしばって震えている。
興味のなさそうなシオンは、がりがりと頭をかいて出たフケをフッと吹いて飛ばした。
シオン「つってもお前らだってEクラス、落ちこぼれなのは同じだろって話だよな。井の中の蛙が外に出ずぎゃんぎゃん騒いでるだけで不毛すぎっつうか」
シャーロット「っあなたは悔しくありませんの!? あんな風に、無能だと嘲られて!」
シオン「俺が魔素耐性を持ってるのに、基本魔術すらろくに使えないのは事実だしな」
ハルリアナ<……魔術を使えない?>
ハルリアナは驚いてシオンを見る。
ハルリアナ<士官学校では皆、魔素耐性検査を通り、体内に魔素を取り込んでいるはず。魔素を取り込んでいたら、普通は魔術を使えるようになるはず……>
シオン「それに」
シオンがハルリアナを見た。
目が合ったハルリアナが、僅かに目を見開く。
シオン「あの程度の罵倒、国での扱いよかマシだしな」
シャーロット「……そういえばそうでしたわね。あなたは旧帝国の収容所出身……」
シャーロットがきっとハルリアナを睨む。
シャーロット「――教養がありそう、などと言ったのがわたくしの間違いでしたわね。国の怪魔討伐協力パフォーマンスのために軍人になって、国が倒れたらさっさと逃げるだなんて。皇女の振る舞いではありませんわ」
ハルリアナ「……信じられないかもしれませんが、戦場から逃げたのではなく、軍を追われて亡命するほかなかったんです」
シャーロット「そんな言い訳が――」
シオン「……いや、それは本当だろ」(声のみ)
シャーロット「シオン?(驚いたようにシオンを見る)」
シオンの顔がクローズアップされる。
つい先ほどまでどうでもよさげな表情が浮かんでいた顔に、影がかかり、静かな憎悪を感じさせる表情が浮かんでいる。
シオン「あの国にいなければわからないだろうけど、あの皇帝が、娘だからといって魔素耐性持ちをまともに扱ったとは思えない。
大方、パフォーマンスとかじゃなくて、ただの厄介払いだったんだろ? 汚らわしいけど皇女を収容所にぶち込むわけにはいかないからせいぜい戦場で死ねってな。違うか?」
ハルリアナ「……。ええ、まさにその通りです」
シャーロット「な……そ、そんな馬鹿な」
シャーロットが目を見開いてぶるぶると震えている。「だ、だって皇女なのでしょう?」と震えた声で言う。
シオン「あの国で行われてたのはそんな生易しい差別じゃなかったんだよ。――出征までの皇宮の生活、最悪だっただろ。皇族は三歳で適性検査らしいしな」
ハルリアナ「ええ、まあ。収容所で何年も強制労働を強いられ、折檻をされていたあなたに比べればましの生活でしょう。四年間ほど地下室に軟禁されていただけですからね」
画面に、収容所で重い荷物を運搬する少年シオンと、地下牢のような部屋でパンをかじるハルリアナ。
シャーロット「……ッ!」
シオン「ま、そうだよな。同情するぜ」
ハルリアナ「ええ。とはいえ地下室に比べれば、人々を守っている実感があった最前線の方がよほどましでしたよ」
シャーロットが、「あの……わたくし……」と真っ青になる。
シャーロット「ご……ごめんなさい。わたくし適当なことを言ったようですわ。……本当に、前線で戦ってらしたのね」
ハルリアナ「ええ。まあ、別に構いません、気にしていませんから」(無表情でばっさり)
シャーロット「……、」
ハルリアナ「それよりも、エクレールさん。あなたの……その、『雷姫』というのは」
シャーロット「……ああ……これのことですわ」
シャーロットが手のひらの上に小さな雷を生み出す。
しかしその小ささにも関わらず、すぐにバチッ! と音を立てて雷は乱れ、おまけにシャーロットの手を少し傷つけて消えてしまう。
シャーロット「わたくしの得意魔術は雷魔術です。けれども得意魔術ですらこの通り、ろくにコントロールがききません」
ハルリアナ「……なるほど」
ハルリアナ<確かにこれでは実戦には向きませんね。敵味方無差別に攻撃してしまう>
ハルリアナ<ただ、強力な魔術を少しとはいえ発動したのに、疲れも何もない様子……これは……>
ハルリアナ「それで、シオンさんは……」
シオン「さっき言ったろ。そもそも魔術の発動すらしねえよ。耐性はバカ高かったらしいから、かなり魔素を取り込んだのにさっぱり」
ハルリアナ「耐性が……高い? 多く取り込んだと仰いましたが、どのくらいですか?」
シオン「そうだな。通常の……三倍? くらいだったか。そういえば、担当者が驚いてたかな」
ハルリアナ<さ……三倍? そんな馬鹿な>
目を見開くハルリアナ。
ハルリアナ「それで、あの、シオンさんはどうなったんですか」
シオン「……? どうもしないが。取り込んだだけだ。魔術は使えないって言っただろ」
ハルリアナ「……」
ハルリアナ<まさか。適性検査水準の三倍もの魔素を取り込めば、高耐性持ちでもたちまち毒に侵されてしばらく寝込むはず。きっとわたしでさえ立っていられなくなります。……それなのに……>
ハルリアナが何かを言う前に、クラスメイトたちが「見ろ!」と叫ぶ。「A班とB班の演習が始まったぞ!」と、さらに声。
話をやめて一旦そちらの方向を見る、I班の三人。
A班は怪魔役、B班は統一軍役の演習だったが、B班が圧倒的に有利だった。B班には、攻撃力の高い炎魔術を連発するレオンハルトがいる。
シャーロット「す……すごいですわ」
シオン「まあ、あいつは本来入試首席だからな。不幸にも上級生に絡まれて、うっかり叩きのめしたからああなっただけで、本来はSクラスだろ」
ハルリアナ<……確かに、レベルが違う。火力に頼り過ぎな面もありますが、今すぐ実戦投入されてもどうにかなりそうなほどです>
レオンハルトが、迎撃できない程の炎の魔術を生み出す。
A班は打つ手もなく炎が迫るのを待つだけとなり、マチルダが間に入ってレオンハルトの炎の魔術を防壁で防ぐ。その後、「B班の勝利!」と叫ぶ。
クラスメイトは圧倒され、何も言えないでいる。
ハルリアナ<ただ……>(ちらりとシオンとシャーロットを見る)
ハルリアナの脳内映像として、三倍の魔素を取り込んだと話すシオンと、雷魔術を行使するシャーロットの姿。
シオン「圧巻、だな。ああいうのを見てるとやる気なくすよ」
シャーロット「わ、わたくしは、エクレール家の娘として、強くなることを諦める訳には……!」
ハルリアナ<どんな人材も、育てかた次第>
ハルリアナ<……少し、やりようが見えて来た気がします>
ハルリアナ「お2人とも」
シオンとシャーロット「!」
ハルリアナ「今回の演習、少しわたしに策があります。聞いてくださいませんか?」