月明かりがまぶしい夜のことだった。
「ようやく、見つけた」
 凛とした声が耳朶を打つ。
「この日がくるのを、待っていた」
 そう言葉にしながら、刀を向けてくる青年の姿に息を呑む。
 美しい風貌に目を奪われ、次の瞬間にはぶるりと身震いを起こした。
 こちらを見据える満月の如き色の瞳が、あまりにも冷え切っていたからだ。
「君は人間か、それとも――」
 声が遠ざかっていく。すべて夢ならどんなによかっただろう。
 薄れるゆく意識で誰かの体温を感じながら、そう思わずにはいられなかった。

 満月は導である。
 探しているのは、唯一の光――。

 ***

 日出ずる国。華やかな街並み、文化、思想が交差する帝都。
 この広大な都は遥か以前から、〝人間〟と〝人ならざるもの〟によって歪に形成されていた。
 もとを辿ると数百年前、いたるところに蔓延っていた異形の種族〝あやかし〟が事のはじまりである。
 ときには人の姿に化け、ときにはおぞましい異型となり、あやかしは人の血肉を求めて多くの命を食い散らした。
 だが、討伐隊の目覚ましい躍進によって勢力を追い込むことに成功する。
 次第にあやかしは『妖界(ようかい)』という、この世とは切り離された場所に移り住むようになった。
 しかし、ある一族だけは人の世に残り子孫繁栄を続けていたという。
 その一族の名は、『禾月(かげつ)』。
 姿かたち、知力は人と大差がなく、老若男女と見た目もさまざま。
 人間の血液を糧とし、体内に吸収することで生を維持している。
 知恵を働かせて人の世にうまく溶け込み、社会的身分を得ている者も少なくない。
 一方、あやかしの類いでも禾月とは異なるのが、『悪鬼(あっき)』だ。
 それは災害や動乱などの原因により、人の世と妖界との間に道が生じてしまった際、まぎれ込むとされていた。
 悪鬼は肉体がなく、知能も極めて低い。禾月とは比べ物にならないほど脆弱だが、実体を求めて生き物に取り憑く。
 さらに力を得るため、本能に従って生き物を襲うことも多くあった。
 そんな人ならざるものに日々密かに立ち向かうのが、討伐隊の後身、帝国軍直轄の特命部隊である。人知れず都の秩序を裏から支える精鋭揃いの集団だ。
 なかでも隊を束ねる隊長は、軍きっての若き実力者。
 名声は禾月の現首領の耳にも届くほどで、討伐実績を抜きにしても帝都民から一目置かれていた。
 禾月と悪鬼。
 どちらも大衆には秘匿とされている。けれど、どちらも昔から帝都にあり続けている。
 悪鬼は知能が低い分、退治に全力を注げばいい。
 警戒すべきは、禾月だ。
 人間と変わらない姿、頭脳があるだけに厄介以外の何者でもない。
 ゆえに現在に至るまで、人間と禾月は共存とは名ばかりの、裏では両者が虎視眈々と覇権を握るべく策動していた。
 そんな混沌渦巻く二つの種族の間に、ある少女が現れる。
 名は、深月(みづき)
 人間と禾月の血が混じって生まれた、『稀血(まれち)』という本来生きることは不可能とされる、特別な存在だった。