「母さん、意地悪やったマユが、バレンタインデーやから、チョコレートくれた」
「それは嘘。どこにチョコがあるの?」
「あれ? ない! 大変だ、帰り道で落としたんだ。取りに行ってくる」
「止めなさい」
 なぜか、母は泣いていた。
「何で? 春になったらお父さんにも、もらったチョコを見せたいよ」
「もう、いい加減にしなさい! そんなものもらってないし、そもそも、ないの」
 母がついに、告白する。泣いて哀しんでいる意味が、この時、うっすらと分かり始めた。
「ひーくん。同級生にマユって子はいないでしょ?」
「え、だっていつも雪が降る帰りに……」
「マユは、ひーくんが大切に飼っていた犬よ。5年前の雪の夜、死んだでしょ?」
「……」
「お父さんも、3年前に胃ガンで天国に行ったじゃないの」
「え? でもマユは雪が降ると女の子になって出てくるし、父さんも春になったら天国から来てくれるんじゃなかったっけ?」
 嗚咽する母は、ボクを諭そうとする。
「どっちも、死んだの」
「死んだ、の?」
「そう、そろそろ現実と想像の世界が違うことに気付いて。二度と会えないの。現実から目を反らしたらだめ」
 母の告白を聞いて、止めどない涙が溢れる。そして、父とマユの葬式の場面がフラッシュバックして、手足が震え出した。
「ボクが悪い。ボクのせいだ」
 知らないうちに、大声で泣き叫んでいた。
「違う。あなたは、何も悪くない。たまたま不幸がやってきたの。だから、死んだことを受け入れて」
「ボクが守れなかった。降ってる雪みたいに、手からこぼれ落としてしまったんだ。ひょっとしたら守れたかもしれないのに」
 死ぬという、取り返しのつかない現象がボクには恐ろしくて仕方がない。
「生きているものは、すべていつか死ぬのよ。うちらはここに、強くなるために来たんだから。もう、一緒に卒業しよう。ね」

 心の痛みとともに、死とは何なのか、この時、ようやくボクは理解し始めた。
 雪は白いから、穢れなき死者の御霊のように思えてくる。そして降ってくると、無理だと知りながらも、それらをすべて受け止めたくなる。後悔とともに、落ちて積もった雪を手でギュッ、ギュッ、玉にして投げていたのは、どうやらボクだったみたいだ。

 雪が降るたび、ボクは今もつい、背後を探してしまう。そこにマユはいないと知りながら。(了)