讃美歌と聖書の朗読が終わった。
逃げ出したい気持ちを押し殺しながら耳に入れた後、いよいよ誓約の時間に。
神父は私達の顔を見てワンクッション置いた後に言った。
「新郎 田所 瞬さん。あなたは新婦 沙耶香さんを妻とし、病める時も健やかなる時も、悲しみの時も喜びの時も、貧しい時も富める時も、これを愛し、これを助け、これを慰め、これを敬い、その命のある限り心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います」
瞬は凛とした態度で返事をすると、神父は沙耶香に目線を向けた。
「新婦 黒崎 沙耶香さん。あなたは新郎 田所 瞬さんを夫とし、病める時も健やかなる時も、悲しみの時も喜びの時も、貧しい時も富める時も、これを愛し、これを助け、これを慰め、これを敬い、その命のある限り心を尽くすことを誓いますか?」
「……」
返事をしたくなくて無言の時間が10秒続くと、親戚一同の騒々しい声が耳に入ってきた。
本当は心のブレーキが最後の段階まで踏ん張っている。
でも、両親や会社の事を考えたら私の気持ちは二の次にしなければならない。
だから答えた。
「はい、誓います」
私の心は今にも死にそうだ。
神父が返事を聞き取ると、ホテル従業員の手によってトレーに乗せてある結婚指輪が運ばれてきた。
「それでは、二人の誓約の証として指輪交換を行います」
誰に相談する事なく一人で買いに行った指輪をベロア素材のトレーの上から受け取り彼の薬指へ。
そして、彼からレースのロンググローブを装着している私の薬指へ…。
「次に誓いのキスを行います。お二人は向かい合わせになって下さい」
進行通り彼と向かい合わせになってからかがむと、彼がレースのベールを上げる。
そして、ゆっくり目を閉じると彼の手が両肩へ。
残念ながら、これが私のファーストキスになる。
心の事情なんて関係ない。
進行通りに一つ一つ段取りをこなしていくだけ。
他人事だと思えばなんて事はない。
私は産声をあげた瞬間からこの先もずっとずっと、感情が死んだままのロボットとして生きていくだろう。
せめてキスだけは好きな人としたかった。
そしたらもう少しだけ頑張れたかな。