スマホでネットニュースを見て窪田の結婚記事を口にした時に間違いなくそう言ってた。
あれが彼女の本心。
俺にヘルプを求めていた。
本当は結婚なんてしたくない。
それに、出会った当初もこんな事を言ってた。
『あのさ……。さっきから時間がないって。ま……、まさか死期が近い……とか』
『違いますけど……。理由は限りなくそれに近いです』
助ける時間はたっぷりあったのに、俺は気付くどころか今日まで何一つ救ってやれなかった。
今更あの時の言葉を思い出すなんて、情けなくて無性に腹が立つ。
ーー俺、行かないと。
いまサヤの所に行かなかったら一生後悔する。
結婚したらもう二度と会えなくなってしまう。
サヤ……。
悩みに気付いてやれなくてごめん。
もっと大切にするべきだった。
出し惜しみなんてしないで「好きだよ」って伝えなければならなかった。
契約期限なんて守らなければよかった。
俺は何かが弾けたかのように気持ちが奮い立った瞬間、身一つで家を飛び出していた。
絡みそうな足取りで鉄骨階段を下って車道に出ると、想定外の人物が待ち構えていた。
「ふんごっ! ふんっ(おいっ、こっちだ)」
そこには、黒いベンツの運転席前に立っている右京さん。
俺は思わぬ助っ人登場に驚いた。
「右京さん……。どうして……」
「ふぬぬっ、ふんぐぐっんぐっ(車に乗って下さい! 早くしないと結婚式が始まってしまいます)」
「えっ……。もしかして車に乗れって言ってるのかな? 通訳がいないから何を言ってるのかわからないけど……。多分そうだよな」
右京さんに言われた通り車の後部座席に乗り込んでシートベルトを装着すると、彼は車を急発進させた。
「右京さん、ありがとうございます。家を飛び出したのはいいけど、どこの式場かわからなかったから迎えに来てくれて助かりました」
「ふんぬぬっふぬっ、ふごふごふぬぬ(挙式は14時からになります。少し急ぎますよ)」
「きっと、『やっぱりサヤの相手は俺しかいない』って言ってくれてるんだよな。俺もそう思っています。なんか照れるなぁ……」
「……(全然違う)」
車窓の景色を眺めてから5分経過した頃、俺はある事が閃いた。
「右京さん、紙とペンを持ってますか? 持っていたら貸して下さい」
右京は運転しながら助手席の鞄の中を漁って、紙とペンを取り出して振り返らぬまま颯斗に渡す。
「ふんふごっ?(何をお書きに?)」
「サヤの心を刺激するもの」
颯斗は右京にそう言いながら、膝の上でさらさらと文字を書き綴った。
ーー14時05分
二人が乗車するベンツは結婚式場のロータリーに到着。
右京は後部座席の颯斗に振り返って言った。
「んごっ、ふんぐっふごっうんごっ(早く行ってください。チャペルはホテルの入り口を入って左奥から行けます)」
「『しっかり頑張れよ』って言ってくれてるんだよな。右京さんが言ってる言葉は俺にもちゃんと伝わってる。ありがとうございます」
「んふぐぐ……(正解率60%……)」
「じゃあ、行ってきます!」
颯斗は右京の言葉が最後まで伝わらなかったが、ホテル内の看板を頼りにチャペルへと目指した。