「バカだな……。同じ職に就かない人だって沢山いるのに……」
《でも、見つけ出した頃には時間が残されていませんでした。だから、残りの一ヶ月間であの時の恩返しと恋を楽しもうと。
一ヶ月経ったら、きっぱり忘れよう。
一ヶ月経ったら、再び籠の中に戻ろう。
心にそう誓いを立てながら……。
でも、近くにいればいるほどあなたの魅力に吸い込まれていきました。
毎日が輝かしくて楽しくて幸せで。
朝、目を覚ましたら今日はどんな一日がやってくるんだろうって。
布団の中から大好きな人の温もりが伝わってくるだけで、嬉しくて幸せでなかなか眠りにつけませんでした。
だから、引き返さなきゃいけないと思った時にはもう手遅れで、最後の瞬間まで欲張りになっていました。
昨日は颯斗さんの口から『好き』と言わせようとしていてごめんなさい。
確かに、特別な言葉を思い通りに言わせちゃダメですよね。
軽率な行動を取った事を反省してます。
他人の私にここまで親切にしてくれた事を心から感謝しています。
それと、お貸ししていた家賃ですが返済は不要です。
一ヶ月間の生活費だと思って受け取って下さい。
契約終了です。
一ヶ月間、サヤのわがままに付き合ってくれてありがとうございました。》
「サヤ……」
言葉が見つからなかった。
手紙に書かれていたのは、間違いなく別れの言葉。
俺は現実が受け入れ難くて頭の中が真っ白に……。
「契約終了ってなんだよ。まだ今日一日分の契約が残ってるじゃん。サヤが持ってきた契約書だって大事にしまっておいたんだ。これがある限り契約書は今日まで有効じゃ……」
と言いながら、手紙をちゃぶ台の上に置いてテレビ台の引き出しから契約書を取って手に開いてみると……。
契約終了日の日付が一日前に書き直されていた。
「何だよ……、コレ。しかも、サインをしてないから、結局この契約書自体無効じゃん……」
颯斗は契約書をくしゃりと握りしめて頭を抱えた。
今日は二人にとって最高の記念日になるから、とびっきり上手いものを食わせてやろうって。
お洒落にワイングラスを鳴らせて乾杯させようって。
記念日と名前を刻んだ指輪をプレゼントしようって。
昨日伝えられなかった分の気持ちを口にしようって。
今朝まではたった一つの布団に入っていたのに、気持ちはそれぞれ別方向を向いていた。
俺はてっきりサヤと恋人になれるかと思って一人で浮かれていた……。
もし、家を出ていく事が先にわかっていたら、あの時『好きだ』と伝えなければならなかった。
颯斗は後悔の念に苛まれながらも、再び手紙を開いた。
《PS.テレビは最後のプレゼントです。サヤが初めて自分で稼いだお金で買いました。一ヶ月前は勝手に捨ててごめんなさい。From サヤ》
「バカか……。サヤが稼いだ金で買ったテレビなんて嬉しくない。プレゼントはもう受け取らないって言っただろ。俺はサヤさえ傍にいてくれれば他に何も要らないのに……」
颯斗は沙耶香がいない空っぽの家でやりきれない気持ちが充満していくと、瞳から涙が一粒こぼれ落ちた。