就寝支度を終えてから、俺達はいつも通り一つの布団に入った。
サヤのぬくもりと香りが隣から届く。

数時間後に指輪を渡す事で目一杯になっているせいか、目を閉じてもなかなか眠りにつけない。



「颯斗さん、まだ起きてますか?」



サヤも同じく眠れなかったようで、背中越しに話しかけてきた。



「うん、起きてるよ」

「お願いがあります」


「どうした?」

「手を握りしめてくれませんか?」


「ん、いいよ」



俺は玄関方向に向けていた身体を反転させて、布団から出ているサヤの左手を握りしめた。

すると、サヤの右手が俺の手の甲に触れる。



「この傷……、痛かったですか?」

「うん。でも、もう痛くないよ」


「そう……ですか……。サヤはこうしてるだけでも幸せです」

「うん、俺も幸せ」



そう言った瞬間、震える振動が指先から伝わった。
無言が続いた8秒後、彼女は再び口を開いた。



「実はもう一つお願いがあります」

「うん、何?」


「『サヤが好きだよ』って言ってくれませんか」



一瞬戸惑った。

気持ちを伝えるのは、夜が明けて、予約している指輪を取りに行って、スーパーで買い物をして、豪華な料理をふるまって、ケーキを食べてからにしようと、細かい段取りを決めていたから。



「ごめん、それは言えない」

「えっ……」


「特別な言葉は簡単に口にするものじゃないと思っているから」

「……わかりました」



予想通り、背中から暗い声。
日付をまたいで契約満了日になったから、きっと気が焦っているのかもしれない。



明日のこの時間はもう気持ちが一つに繋がっている。



そう確信出来るくらい、一ヶ月間という時間をかけて育んできた関係に自信があった。