場所は都内一等地にある一流ホテル。
午後14時10分。
スーツ姿の出で立ちの沙耶香と男性は、ある用事を済ませてからエレベーターに乗り込み一階と閉ボタンを押すと、目の前の扉がスーッと閉ざされていった。
男性はエレベーター内に二人きりになったところを見計らうと、沙耶香に豹変した横目を向ける。
「あのさ。嫌々なのはわかるけど、ちょっとくらいは愛想良くしろよ。いくらお嬢様でも幼少期からそれくらい教育されてきただろ?」
「……笑う必要がありません。用事さえ済めば構わないでしょう」
「お前さ、世間の目が気にならないの?」
「なりません」
「相変わらず生意気で可愛げがないね~。ロボットちゃん」
「あなたも負けないくらいの減らず口くんですよ」
「かーっ! 俺はなんでこんなクッソ女と結婚しなきゃいけねーんだよ。政略結婚とはいえ、もう少しマシな女がいただろうに。ハズレだよ、ハ・ズ・レ!」
男は苛つきながらスーツのポケットからスマホを取り出して、SMSメッセージを打ち始めた。
そう……。
彼は私の婚約者。
今はホテルでウエディングプランナーと結婚式の打ち合わせが終わったばかり。
これが、父親と交わした一ヶ月間の自由と引き換えの条件。
私は好きな人と結婚する事が出来ない。
それは、黒崎家の令嬢として生まれてきた使命。
生まれた直後から死ぬ瞬間まで籠の中の鳥として定められている。