オーナーは会計処理を行った後に厨房へ。
俺はサヤの腕を引いてバックヤードに連れて行き、客に頭を下げない理由を聞いた。

すると……。



「どうして頭を下げなきゃいけないんですか? たった一桁の計算ミスですよ。それなのに、店外に響き渡るくらい大きな声で怒鳴りつける必要ないじゃないですか。しかも、赤の他人を怒りつけるなんて以ての外です」



俺は彼女の言い分に驚かされた。
店の一員としてはもちろん不十分だけど、問題なのは叱られた悔しさに焦点を合わせている。



「あのさ……。もしかして、今まで他人に叱られた事はないの?」

「ありません」


「じゃあ、揉め事やトラブルが遭った時は?」

「お金で解決します」



その言葉を聞いた瞬間、100万円を握りしめて会いに来たあの日の事を思い出した。


彼女とは生い立ちが違うから、価値観が違うのは当たり前のこと。
自分が常識だと思っている事が彼女にとって常識に値しないかもしれないけど、間違いは正してあげなければならない。

だから、大人の一意見として伝えた。



「これが社会に出るという難しさだよ。たった一桁の間違いでも店の信用に関わってしまうんだ。ぼったくり店とレッテルを貼られてしまったら、閉店に追い込まれるケースもあるんだよ」

「……」


「ミスに気付いたら店の者として最後まで責任を持つ。対価を得るという事は単に労働力を提供するだけじゃない。それも従業員の立派な仕事なんだ。更にお酒の力で気が大きくなってるから注意深くね」

「わかりました……」


「サヤは叱られた事が辛かったのかな。でも、何かあったら必ず力になるから、少しずつ頑張っていこうね」

「はい……」



颯斗はそう言うと、話を素直に聞き入れた沙耶香の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。





私は彼の隣で一つ一つ学んでいく。

相手を思いやる事や、
お金の価値観や、
失敗しても諦めない事や、
働くという事。

籠の中では決して知る事のなかった、活きるという意味を……。





一方、厨房から二人のやりとりが見えていたオーナーは、颯斗の社会的責任能力や沙耶香への思いやりに目を細めながら頭を頷かせた。