夕飯を終えてから、俺達はバイト先の居酒屋に向かった。



勤務している店は、厨房の向かい側にカウンター席が十席ほど。
奥にテーブル席が四つと小規模だ。

店は17時開店で、到着時は既に営業中。
サヤをカウンター席に座らせて腰エプロンを装着しながら聞いた。



「何飲む?」

「オレンジジュースで」


「了解」



酒は飲まないんだ。
お嬢様はシャンパンしか飲まないイメージがあったけど偏見だったかな。



颯斗は厨房でオレンジジュース作って沙耶香の席へ持って行った後に通常業務に入った。

沙耶香が颯斗の働いている姿をチラチラ見ながらオレンジジュースを飲んでいると……。



「颯斗くんのツレとは君かね?」



七十代の白髪でほっそりとした黒Tシャツの男性が、フライパンで調理をしながらカウンター越しに話しかけた。



「はっ、はい。お邪魔してます」

「……っ君は! 黒崎建設の……」



男性は沙耶香の顔を見た途端、顔色を変えて調理している手を止めた。
沙耶香は身元がバレたと思い、観念したかのようにまつ毛を伏せる。



「私を知ってるんですね……」

「有名人だからね。でも、君みたいなお嬢様がどうして颯斗くんと知り合いに?」


「実は、彼は命の恩人で四年前から片想いしてる人なんです。探して……探して……ようやく見つけて今に至ります。四年前のあの時、彼に助けて貰えなかったら私は……」



沙耶香は四年前のとある事件を思い出した瞬間、テーブルに肘をついている手元が震え出した。
男性は沙耶香の異変に気付く。



「……なるほど。ところで、彼は君が財閥一家の娘という事に気付いてるのかな」

「知らないと思います。…そこで、お願いがあります」


「うん。何かな」

「彼に身元を伏せていて欲しいんです」


「勿論構わないけど……。それより君が街中を出歩くこと事態まずいのでは」

「はい……。マスコミに知れたら格好の餌食になってしまうでしょう。……でも、私に残された時間は一ヶ月間。その中で、彼と一生分の思い出を詰め込みたいと思って、家族から一ヶ月間という時間を頂いて家を出てきました」


「家族は君の事情を知ってるの?」

「いいえ……。わがまま一つで家を飛び出してきました。それまでは良くも悪くも親のイメージ通りの娘として生きてきて……。でも、言いなりばかりじゃ一生後悔しそうな気がしたんです。約束の一ヶ月間が明けたら、私はそのまま地獄に落ちていくから……」


「どうして地獄に?」

「それは……それは……」



理由をはっきりと伝えられない沙耶香は、目を閉ざしたまま深刻な様子を伺わせた。
男性は無言の重圧感が伝わってきたと同時にある事が閃いた。