沙耶香達は扉の音に釣られて一斉に目線を向けると、小太りの中年女性が不機嫌な足取りで外の鉄骨階段に穴が開きそうなほどの足音を立てながら上っていき、二階中央部屋の扉を右手で殴りつけるように叩いた。
ドンドンドンドン……
「鈴木さん! いま部屋に居るんでしょ。わかってるんだから早く出てらっしゃい」
中年女性は敷地外まで声が鮮明に聞こえるくらい声を荒げた。
扉は今にも壊れそうなくらい何度も何度も叩きつけられる。
あの人が鈴木という名字を呼んでるという事は、もしかしたらあの部屋が颯斗さんの自宅?
沙耶香はじっと様子を見ていると、ボサボサ頭でロンT姿の颯斗がガチャっと開かれた扉の向こうから顔を覗かせた。
「あっ! どもども〜、大家さん。今日はいいお天気ですね〜」
「空をよく見てみろ。曇ってるだろ! あんた、呑気に天気の話なんてして。未だに危機感を持ってないようね。滞納してる二ヶ月分の家賃をさっさと払いな」
「……なかなか払えなくてすみません。あと十日待って下さい。ね、せめて給料日が来るまで。お願いします」
「何度も何度も同じ手には乗らないよ。次に家賃を払わなかったら、このアパートを出て行ってもらうからね!」
中年女性は立腹気味に捨て台詞を吐くと、ビンタをするように扉を閉めて、再び足音を立てながら一階の部屋へと戻って行った。
沙耶香達はポカーンとした目で一部始終見ていたが、苦労知らずで育ってきた事もあって家賃を払わない意図が理解できない。
三人は鉄骨階段を上って颯斗が暮らす202号室の前に立つ。
古びた木製扉の右手に設置されている部屋番号の下には、《鈴木》という名字が書かれている。
緑色に錆びている部屋番号の下にはベルが設置されているのだが、先ほど大家が扉を叩いて呼んでいたので、同じように扉を拳で強く叩いた。