場所は黒崎家の父親の書斎。

沙耶香の父親はレザーチェアの肘掛けに両肘を置いて深く腰をかけながら考え事をしていた。


昨日、田所会長から伝えられた沙耶香の命の恩人の存在。
沙耶香自身も結婚式の時に口にしていたけど、気持ちが目一杯になっていたせいもあってスルーしていた。

ボディーガードからは、娘の命が危機に晒されていた報告を受けていない。
だから、田所家を出た直後から側近に調査を依頼した。



コンコン……


「失礼致します」



扉のノック音の後に秘書が部屋に入り、父親にあるファイルを手渡した。



「こちらが先日依頼された『鈴木颯斗』についての調査書になります」

「ご苦労だった。下がってよい」


「はい。失礼します」



秘書は一礼して部屋を出て行く。
沙耶香の父親はファイルを開いて調査結果を眺める。

だが、ある項目に目が行き届くと父親は別人のようにハッと目を見開いて、ファイルを持っている指がカタカタと震え始めた。



「こっ、この人は……もしかして……」



父親の目が釘付けになった項目。
それは、颯斗の家族構成。

父親が側近を使って長年かけて探していた人物の名前がそこに書かれていたのだから。



鈴木明子(すずきあきこ)……。随分、長い間私が探していた人。同姓同名が多かったせいもあって、なかなか探し出せなかった。まさか彼女があの男の母親だったとは……」



そのまま目線を下に滑らせると、四年前のコンビニ強盗事件の事が書かれていた。


沙耶香は四年間誰にも伝えてなかった強盗事件話を結婚式の日に挙式会場に向かっている車中で、二十年間育ててもらったお礼と共に右京と左京と菅に伝えていた。



毎日提出してもらっていたはずのスケジュールの落とし穴。
沙耶香が自由を求めていたのは結婚式の一カ月前ではなくて、四年前から始まっていたと気づかされた。