「大変長らくお待たせしました」
縁側の奥からある人物が姿を現すと、大人達の声はピタリと止んで一斉にその人物へと目を向けた。
沙耶香も他の大人達と同様、背後の縁側へと振り返ってその人物を視界に捉えると、そこには……。
「えっ……」
驚くあまりに我が目を疑った。
何故なら、普段は黒いTシャツ姿で頭にタオルを巻いて厨房で調理している居酒屋のオーナーが、茶色い着物を身に纏って凛とした姿でやって来たのだから。
田所父「お父様」
黒崎父「会長……」
沙耶香は両家の父の呼びかけで、オーナーが田所ホールディングスの会長と知る。
オーナーは沙耶香と目が合うとニコッと微笑んだ。
「サヤちゃ……、いや、沙耶香ちゃん。いらっしゃい」
「オーナー。どうして……」
沙耶香の思わぬひと言に黒崎夫婦は互いに目を合わせる。
何故なら、二人は初対面だと思い込んでいたから。
オーナーは両家の間の上座に腰を下ろすと、六人全員の顔を時計回りにじっと眺めた。
オーナー「黒崎さん、この度はご縁が繋がらなかった事を大変残念に思っています」
黒崎父「娘の身勝手な行動を深くお詫び申し上げます。私の育て方が間違っておりました」
沙耶香の父親がオーナーの方に身体を向けると、深々と土下座を始めた。
オーナー「黒崎さん、どうか頭をお上げ下さい」
黒崎父「しかし……」
オーナー「実は、両家に大事な話を持ってきました。鍵谷、例のものをこちらへ……」
鍵谷「かしこまりました」
会長秘書の鍵谷が縁側の奥からプロジェクタースクリーンを運び込んで、リモコンのスイッチを押してホームシアターを起動させる。
オーナー「先ずはこの映像を皆さんにご覧いただきたい」
オーナーは鍵谷に目配せをすると、タブレットの操作後にとあるファイルが開かれて動画が始まった。
皆の目線はスクリーンへ。
しかし、そこに映っていたのは……。
沙耶香が居酒屋で働き始めてからの私生活の様子や、瞬が高級車を乗り回して多数の女性と遊び歩いてる様子。
それに、沙耶香をいびる田所の母親の様子や、瞬が嫌がる沙耶香に無理やりキスマークをつけて傷付けた時の事まで細かく編集されたものだった。
沙耶香は動画を見た途端、毎日のように尾行されていた時の事を思い出した。