「八木ちゃん、昨日からなんか元気?」
翌朝、カナから話しかけられ、急にドキリと心臓が飛び上がった。
「えっ…」
「気のせいじゃないと思うんだよねぇ。なんか、いつもよりも顔が下向いてない」
もしかしたら、灯輝さんのことがあるからかもしれない。ずいっ、と下から覗き込まれ、少しの恐怖が走る。じっと見つめるその瞳には、数えきれないような感情の名が刻まれていた。
「なにかあったの?」
「…あの、校庭の桜の木。ちょっと、前から気になることがあって…、最近、ようやく行動できてきた、というか…」
あまり言いたくない気持ちが先走り、もごもごとした口調で、慎重に話してしまう。こんな様子の私を見て、カナは「もういいや」と去っていくかと思っていた。けれど、やけに私の話を聞いていた。
「なーんだ、そんなことかぁ。っていうかさ、なんでそんなにあの桜好きなの?」
「う、うん。入学式の時、綺麗だなって思ってから、なんかずっと見ちゃって…」
その後、カナが唸るようにして、私を見つめたまま、しっかりと発言したのだった。
「そんなに綺麗だった?あれ。別に、他のと変わんなくない?」
その言葉を聞いて、全身にグッと力が入った。桜を見定めるような言い方をしながらも、なぜそんな平然としていられるのか。いくら人気者だとしても、クラスの頂点にある人だとも、そうやって相手の意見を押し殺すような発言は許されるのか。そんな馬鹿なこと、あるわけないじゃないか。
唾を飲み込んでは、唇を噛んでいた。
落ち着け。もし感情的になって逆らったら、このクラスにいられなくなる。ただでさえ一人なのに。
「…ごめん!八木ちゃん、ごめんてぇ!あたし言い過ぎた?ほんとごめん!」
気にしなくていいから!
その言葉にも、怒りが立った。気にしなくていいから、なんて、私が決めることなのに。
みんなから慕われて、幸せも何もかも持っている人なのに。
なぜ、私のことすらも奪う?
「…うん。大丈夫。私こそ、ごめん…」
「ほんと?」
「うん、なんてことないよ…」
カナはもう一度手を合わせて、友達の方へ向かった。
その日から段々と、私の秩序は壊されていく。