「…で、去年の約束、ちゃんと守ってくださいね!灯輝さんの絵の桜の名前、ずっと楽しみにしてたんだから!」
「あ、そっかそっか。まあまあ、そんな焦らずに」
「何でですか…!!」
本当に楽しみにしていたんです。だから、早く教えてください。ずっと灯輝さんをそんな目で見ると、はいはい、と言われた。
まさか、考えてなくて、あの日言ったことは適当だったなんてこともあり得る?そんなことも考えた。
けれどその名前は、すぐに言われるのだった。
秋桜(あきざくら)。コスモスの和名と漢字一緒だけど、高校生の時のだから許してやって」
そう言うと、灯輝さんは木の棒を手に取り、地面にその漢字を描いた。
「なんで『秋』なんですか?灯輝さんの『灯輝』と掛けてる?」
「まぁ、一つは、仄花ちゃんが言ったのと同じ。『灯輝』と掛けてる。あとは、元にしたソメイヨシノの木が、秋に少しだけ狂い咲きしたから」
「く、狂い咲き?」
「うん。少しの花が、本当は春に咲く花のはずなのに、秋に狂い咲きしてたんだ。秋に咲いた花は、次の春には咲かない。だけど、それがまたいいな、と思ったから、秋に咲いた桜で『秋桜』」
「…すごい。かっこいいですね」
そう言うと、灯輝さんは微笑んで、ありがとうございますとお辞儀をした。
「狂い咲き」を知らなかった高校生の灯輝さんは、その桜の姿に感動したのだという。
「…たぶん、私は灯輝さんのことを知らなかったら、こんな勇気も出ていなかったし、毎日だって楽しくなかったかもしれない、って思います。秋桜のことを知らなかったら」
「俺も。ずっと陰で絵描いてるだけだったと思う。…あんまり、いい生き方してなかったかもしれない」
きっと、私たちはお互いの似たようなところを、自分が果たせなかったものと引き換えに、支え合っていたのかもしれない。そして、最終的には、それぞれの進む道の軌道修正を行っていた。だから今、二人平等な幸せを抱えて毎日を過ごしている。
一つの桜の木から生まれた、かけがえのない二人の未来を。
「あ、そうだ」
私は、ポケットから百五十円を取り出して、灯輝さんの手に乗せた。
「これ。去年のアイスティーの分のお金です」
灯輝さんは、ふはっと笑った。
「いいのに。じゃあ、またこれでアイスティー買ってあげる」
「それ、今日のは結局私の自腹なので」
「うそうそ。持っときな」
二人で笑い合える日が来て、本当によかった。
君とまた会えるまで、桜が咲いているように。
私はただ、それを願うばかりだ。
この春に、この桜が散り終わってしまう前に。
またもう一度、会えたらいい。
ただ、その言葉を繰り返すだけ。
花びらは、いつか降り終わる。だから、その日まで。
その、瞬間まで。
桜の花びらが、宙を舞う。
新しい未来が、幕を開ける。