「…灯輝さんは、どこの高校出身ですか?」
これで、私と高校が一致したら。
私の考えが、現実になる。
「え、急に?」
「急なんですけど…どうしても、気になって」
「いいよ。そんな大したとこじゃないけど…」
心拍数がどんどん増えていくのを、自分でも感じる。ツン、と、喉の奥をツツジの香りが撫でて通っていく。
「市立北山南高校、だよ?」
「やっ…ぱり…!!」
市立北山南高校。私の通う高校だ。
ということは。
「その高校に植わっている…桜の名前…知ってますか…?」
これで、あの桜が何かわかる。もう一度、あの綺麗な姿が見れる。
「あそこはたぶん、ソメイヨシノだったかな」
ソメイヨシノ。それも綺麗だけれど、もっと綺麗だった。
あの桜は、もっと。
「あの、それ以外にも、もっと大きな桜の木が植わってるはずなんです。その名前って…」
「うん。それが、ソメイヨシノ。一番大きいやつね」
…じゃあ、私が見たものは、普通のソメイヨシノだった?
そんなはずない。あれは、確かに桜の木で、本当に綺麗だった。
「…でも、あるはずなんです。すごく綺麗な桜が!花びらが白くて、根元から新しい枝が伸び出てきていて、所々ある葉なんかは、これ以上ないってくらい透明な緑で…!!」
一生懸命説明する私を見て、灯輝さんは照れているような笑顔を見せた。
「…えっと、仄花ちゃんは、北山南高校に通ってるのかな?桜のこと知ってるし」
「はい。今通ってます。それで、校庭にある桜の名前が知りたくて」
「えぇっと、その…。仄花ちゃんが見た桜?は、たぶん俺の絵だと…」
…え?
私が見た桜は、灯輝さんの絵?
「俺、ちょうどその入学式の日、冗談で一人の入学生に話しかけた覚えが…」
「え、名前を教えてくれましたか…?」
「うん、確か。あの日は、前が見えないくらい花びらが散ってたでしょ?だから、本物と見間違えて…」
「…私が、ずっとその桜を、灯輝さんの桜を探してたってことですか…?」
「そうなるね…」
えぇー、と恥ずかしそうに顔を覆う灯輝さんを見て、こちらも恥ずかしくなった。そんなこと、ある?これって現実?二人で質問をぼそぼそと言い合う。
でも、来年はそれを見れないのか。
そう思うと、急に胸が苦しくなった。あの時の灯輝さんに、もっと話しかけていればよかった。写真を撮ればよかった。後悔があふれ出てくる。
すると、灯輝さんが笑顔でこちらを向いた。
「じゃあまた来年、桜が満開になったら、名前を教えてあげるよ。それまでは…。公園には来ないかな」
そうだ。私たちは、それぞれのやらなければいけないことがあるのだ。
「俺は、大学に行かないとだから。今も行ってるけど、色々な事情でここ最近は行ってないから、単位取らなきゃやばい」
「それはだいぶ…。私も勉強しないとだし、毎日妹を待たせるのは可哀想なので」
やらなければいけらいことを、ちゃんと終わらせて。
「…その日まで、またお互いのいつも通りの毎日に戻ろうか」
「はい。来年の楽しみにして、お互いがんばりましょう」
「そうだね。…じゃあ、最後に先輩がアイスティーを一本奢ってあげよう」
「二本目はさすがにちょっと短時間で飲み過ぎなので、遠慮しておきます」
「そこは素直にもらってよぉ、後輩ぃ…」
本当にいいんですか、と言って、アイスティーを奢ってもらった。
「ありがとうございました。…じゃあ、また来年。楽しみにしてます。灯輝さん」
「こっちこそありがとう。…またね。俺も、楽しみにしてる」
すうっ、と息を吸う。そして、二人同時に。
「「さようなら」」
また来年会うときは、ちゃんと百五十円と、この感謝の気持ちを持っていこう。
桜の名前が、思い出せなくても。
灯輝さんのことは、ずっと覚えてたんだ。
だから、灯輝さんのことは、忘れない。来年を通り越して、もっと先まで。
お互いの道を進んでも、根元は繋がっている。
まだ、私たちは新しいつぼみだから。
君と二人で。
来年、美しい花を満開に咲かせよう。