私が通う高校には、桜の木が一つ植えられている。
その桜の名前は、どこにも記されていない。
なのに、どうして君は、知っていたのだろう。
「おっはよーぅ」
「カナ、はよー」
「なんだよ、元気ないじゃん」
別にぃー、と、いつもの笑顔で話す「カナ」という人物。この人は、私を「いじるのにちょうどいい」とみなしているに違いない。四月から、そう気づいている。
私は、自分でもわかるほどの臆病者である。どうしても、この世界の中でいわゆる「陰キャ」寄りの存在である私は、どうあがいても、この陽キャ多発クラスで孤立するのはあたりまえだ。
そして、カナとだって、そういった「いじり」でしか関わらないのもセット。
授業中に当てられて、答えがあっていようがなかろうが、必ず一言はさんでくる。それも、もう慣れてきた。でも、それに対してばしっと言う人などいない。私もそんなことを言えるヒーローに憧れたことはあったけど、大抵こんな臆病者ができるわけない。
そんな私の相棒は、なんといってもこの度なしメガネ。
中学生の頃からつけ始めて、これがすごく落ち着くのだ。学校ではずっとつけていて、もう私の特徴といってもいいほどになっている。
ポケットからスマホを取り出し、カメラを起動させる。そして、パシャっと、校庭の桜の木の写真を撮る。
五月の中旬。桜の葉が鮮やかな緑色を描いている。でも、やはり、心のムズムズした感覚は取れない。
入学式が終わって、教室に向かっている時。
桜の花びらが、風と共に舞った。すると外に、卒業証書を片手に、桜に向かって微笑んでいる男の人を見つけた。
綺麗な桜を見つめるその人も、綺麗に見えた。
その人と目が合って、私は急に恥ずかしくなり、目をそらしてしまった。けれど、その人は、一言だけ言ったのだ。
その桜の名前を。
その桜の名前が知りたいのに、私は思い出せない。どうしてかわからないが、ずっと。
せめて写真でわかる人がいないかと、気が向いたら写真を撮っている。
「八木ちゃーん。何スマホ見てんの?」
急にカナに話しかけられ、思わずスマホをしまう。
「あっ、か、金沢さん。何でもないよ…」
「え?桜の写真撮ってたじゃん。別に、今頃は綺麗でもなんともないのにー」
そんなことない。そう言いたいのに、勝手に違う言葉を喋っている。
「そ、そうだよね」
「うんー。そんな無駄なのばっか撮ってたら、スマホ重くなるよ?早く消した方がいいよ」
無駄なんかじゃない。やめて。やめてよ。
「…ごめん、後で、消しとくね」
「なんで謝るの?わけもなく謝んなくていいよ。あたしが八木ちゃんにかわいそうなことしてるみたいになっちゃう」
「うん、確かに…」
その桜の名前は、どこにも記されていない。
なのに、どうして君は、知っていたのだろう。
「おっはよーぅ」
「カナ、はよー」
「なんだよ、元気ないじゃん」
別にぃー、と、いつもの笑顔で話す「カナ」という人物。この人は、私を「いじるのにちょうどいい」とみなしているに違いない。四月から、そう気づいている。
私は、自分でもわかるほどの臆病者である。どうしても、この世界の中でいわゆる「陰キャ」寄りの存在である私は、どうあがいても、この陽キャ多発クラスで孤立するのはあたりまえだ。
そして、カナとだって、そういった「いじり」でしか関わらないのもセット。
授業中に当てられて、答えがあっていようがなかろうが、必ず一言はさんでくる。それも、もう慣れてきた。でも、それに対してばしっと言う人などいない。私もそんなことを言えるヒーローに憧れたことはあったけど、大抵こんな臆病者ができるわけない。
そんな私の相棒は、なんといってもこの度なしメガネ。
中学生の頃からつけ始めて、これがすごく落ち着くのだ。学校ではずっとつけていて、もう私の特徴といってもいいほどになっている。
ポケットからスマホを取り出し、カメラを起動させる。そして、パシャっと、校庭の桜の木の写真を撮る。
五月の中旬。桜の葉が鮮やかな緑色を描いている。でも、やはり、心のムズムズした感覚は取れない。
入学式が終わって、教室に向かっている時。
桜の花びらが、風と共に舞った。すると外に、卒業証書を片手に、桜に向かって微笑んでいる男の人を見つけた。
綺麗な桜を見つめるその人も、綺麗に見えた。
その人と目が合って、私は急に恥ずかしくなり、目をそらしてしまった。けれど、その人は、一言だけ言ったのだ。
その桜の名前を。
その桜の名前が知りたいのに、私は思い出せない。どうしてかわからないが、ずっと。
せめて写真でわかる人がいないかと、気が向いたら写真を撮っている。
「八木ちゃーん。何スマホ見てんの?」
急にカナに話しかけられ、思わずスマホをしまう。
「あっ、か、金沢さん。何でもないよ…」
「え?桜の写真撮ってたじゃん。別に、今頃は綺麗でもなんともないのにー」
そんなことない。そう言いたいのに、勝手に違う言葉を喋っている。
「そ、そうだよね」
「うんー。そんな無駄なのばっか撮ってたら、スマホ重くなるよ?早く消した方がいいよ」
無駄なんかじゃない。やめて。やめてよ。
「…ごめん、後で、消しとくね」
「なんで謝るの?わけもなく謝んなくていいよ。あたしが八木ちゃんにかわいそうなことしてるみたいになっちゃう」
「うん、確かに…」