どうやら記憶はあるらしい。
自覚した途端、彼はその場に改めて正座すると、そのまま頭を下げて土下座の体制になった。
「申し訳ありません! 私は、何ということを……! もう少しで、あなたのことを殺してしまうところでした。これはもう立派な殺人です!」
「わ、わ、斉藤さん! 土下座なんて……お願いですから顔を上げてください!」
栗丘が慌てて彼の肩を抱き起こすと、再び見えたその顔には幾筋もの涙が伝っていた。
「私は、もう……自分自身が恐ろしくてたまりません。どうか刑務所に入れて監視してください。このままでは、いつか本当にこの手で誰かを殺してしまう……」
罪の意識に苛まれる彼に、絢永は相変わらず容赦のない言葉をかける。
「逮捕できるものならいくらでもしますけどね。あいにく、逮捕状がないんですよ。ついでに言うと被害届もありません。ですから、ここで起こったことについて我々は介入しません。それでも納得がいかないのなら勝手に出頭でも何でもしてください」
「そんな冷たい言い方しなくてもいいだろ、絢永。でもまあ、そういうことだから、斉藤さん。そんなに気に病む必要もないですよ。それに、あなたの中にいた悪い奴は、私たちがやっつけましたから」
「……やっつけた?」
栗丘の言ったことの意味がわからず、斉藤は不思議そうに首を傾げる。
そのことについてあまり詮索されたくなかったのか、絢永は栗丘の首根っこを掴んでさっさとその場から退散する。
「もういいでしょう。御影さんも待ってますし、そろそろ行きますよ」
「ちょっ……引っ張るなよ! 子どもみたいな連れて行き方すんな!」
「ま、待ってください。栗丘さん! 私は、あなたに何とお詫びすれば良いか……」
尚も追いかけて来ようとする斉藤に、栗丘は「あっ」とあることを思い出す。
「そうだ。ごめん、斉藤さん! お店の入口の扉、さっき壊しちゃったんだ。それでおあいこってことで、今回のことはチャラにしてよ」
栗丘の言った通り、先ほど絢永が蹴り飛ばした扉は無惨にも商品棚へと突っ込んでいた。
その光景に斉藤は一瞬ギョッとしたが、「いや、私のしでかしたことに比べればこれくらい……」と呟く。
それを耳にして、栗丘はニッと笑みを浮かべる。
「それじゃあ、そういうことで!」
別れの挨拶も兼ねて敬礼しながら、栗丘は店を後にした。