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 店の中へ足を踏み入れた栗丘は、まず部屋の内部をキョロキョロと見渡した。
 一見したところ、特に何の変哲もない昔ながらの個人商店だ。

 近くにあやかしのいる気配はない。
 だが、御影の言葉を信じるなら、この斉藤という男の体の中に『ソレ』は隠れている。

「どうぞ、座ってください。今お茶を淹れますので」

「あっ。いえ、お構いなく……」

 もともと中でゆっくりするつもりはなかったのだが、斉藤があまりにも強く勧めてくるので断り切れなかった。

 店の奥には一段高くなったところに畳の部屋があり、その先は居住スペースになっているらしい。
 栗丘は畳の端に腰を下ろし、いつでも動けるように足だけは店の方へ出しておく。
 畳の部屋の真ん中には小さめの座卓があり、そこへ斉藤がお茶を載せた盆を持ってきた。

 この男の中に、あやかしがいる——。

 御影の言った、この男の抱える問題を解決するというのはつまり、彼の中に宿るモノを引きずり出して退治する必要があるということだ。
 ならば、まずはどうすればソレが正体を現すのかを探らなければならない。

 有効な会話の切り出し方に悩んでいると、そこへ助け舟を出すように斉藤が口を開く。

「栗丘さんは警察官ですから、お仕事は大変でしょう。近頃は日本もどんどん治安が悪くなっていますし、時には凶悪犯と対峙することもあるのではありませんか?」

「いやあ、私は末端の人間ですので。それほど重大な事件の現場に呼ばれることはなかなか……」

 謙遜も含めてそう言いかけたところで、ふと気づく。

(そういえばさっき、ひったくりに遭った時……)

 交番前で例のパンク系少女に財布を盗まれた時、まるで別人のように豹変した斉藤からは確かにあやかしの気配がした。

 ——抑制が効かないんです。本当に……まるで誰かに操られているような気がして。

 強すぎる正義感からつい感情的になり、抑制が効かなくなったあの瞬間、あやかしの気配は確かに現れた。
 ということは、もしかするとそのあやかしは、斉藤が己の感情をコントロールできなくなった瞬間に尻尾を出すのではないだろうか。

 ならば、と栗丘は今度は自分の方から質問を投げかける。

「斉藤さんって、とても正義感が強いですよね。それ自体はとても素晴らしいことだと思います。でも、さっきのアレはちょっとやり過ぎじゃないですかね?」

「さっきのアレ、といいますと?」

「ほら、さっき私の財布が盗まれそうになったとき、犯人の女の子を乱暴に扱ってたじゃないですか。あれはさすがに過剰防衛ですよ」