恭稲探偵事務所に重苦しい空気が流れること、数十分後。
 慶の耳に低音の短い機械音が響く。


「!」
「藍凪慶」
 慶の耳に白の声が響く。
 出会った頃は畏怖すら感じていたその独特な声音は、慶に一瞬で冷静さと安堵を与える。


「恭稲さん、大丈夫なんですか?」
「誰が、誰の、心配をしている?」
 白はほんの少し、わざと声のトーンを落とす。


「す、すみません」
 慶は目の前に白がいないにもかかわらず、反射的に頭を下げる。
「ふっ」
 白は小馬鹿にしたような短い笑いを溢す。


「恭稲さん、私はこれからどうすればいいんですか?」
 慶は素直に今の不安をぶつけるように問う。
「何もするな。そこにいろ。そこからでるな」
「……皆に、迷惑をかけてしまっています」
「誰が誰に迷惑だと言った? 契約はすでに交わされている。また再び自身で交わした契約を、自身で破るつもりなのか? 随分と自分と自分の人生に責任のない依頼者な事だな」
「そ、そないなこと言うたって……」

「藍凪慶。余計なことは考えるな。私がついていることを忘れるな。藍凪慶は、智白からうけとったアイテムを肌身離さず持って過ごしていればいい。もうすぐ藍凪慶を含むモノ達の運命が、大きく様変わりすることとなるだろう。それには、大きなエネルギーが必要だ。よくよくためておけ。それと、智白にしばらくは戻らないと伝えろ。では切るぞ」
「ぇ、ちょっ」
 白は話すだけ話すと、通話を終了させた。
 現状の何かが変わったわけではないが、慶に安心感を与えるには十分だった。



 その後、聖花は智白とのトークルームで白の伝言を伝え、恭稲探偵事務所はしばらくのあいだ休業することとなった。
 こうして、恭稲探偵事務所に残ったモノ達は、それぞれの想いを抱えながら、白の帰りを待つこととなった。



 一つの真実が閉じ、また新たな真実の扉が開かれようとしていることを、この時の慶はまだ、知る由もない。
 智白達もまた、己の運命や環境が大きく変化することを、決められたルートやゴールなどないことを、改めて知ることになるのだった――。