「なんだ、騒々しい」
「騒々しいじゃないですよ」
来客者は白のワークデスクに両手をつく。
柔らかで多い直毛のラフウェイトマッシュは、真ん中から持ってきたような前髪の九割を使い、右目を覆うようにワックスで揉み込み、オシャレにセットされた白髪。意志の強さが乗り移ったかのような瞳は、青色の変色で発色するバイオレットカラーが美しい、タンザナイトを彷彿とさせている。
まだあどけなさが残る顔立ちに、少し幼さを感じる少年のような声を発する薄い唇からは、チラチラと八重歯が見え隠れしている二十三歳程の青年の顔は、焦りの色が滲んでいた。
「落ち着け、白雨《しう》。何があった?」
「落ち着ける状態じゃないから、こうして乗り込んで来たんじゃないんですかッ! 長が倒れました。生きてはいますが、目覚める様子がありません。こんな状態でも、兄上はまだ探偵を続けるおつもりなんですかッ⁉ 早く里へ戻ってきてください!」
白を兄だと言う白雨《しう》は、半ば叫ぶように言った。先日の来客者は白雨だったのだろう。
「白雨!」
「ぇ⁉ なんで白姫がここに? 兄上に呼ばれたの?」
白姫がココにいる情報を全くもって知らなかったのか、白雨は一驚する。
「私にも色々とあるのよ。それよりも、長が倒れたってどういうことなの? 歳を重ねてはいるけれど、ついこのあいだまで、説教垂れるほどお元気だったじゃない」
「そうだよ。昨日の朝までボソボソなんか垂れてたけど、昨晩急変したんだよ」
「……ぁ、貴方達。長を心配しているのかディスっているのか、分かったもんじゃありませんね。もう少し言葉には気をつけて頂きたいものです」
智白は二人の物言いを呆れるように微苦笑を浮かべる。
「智白さん!」
白雨は智白の存在に気がつき、智白の傍へと駆け寄る。
「智白さんからも、兄上に何か言って下さいよッ」
「私が何か言った所で、白様のご意志が変わるとは到底思えませんが」
「――ですよね~」
「そうも簡単に納得されてしまうのも、なんだか癪ですね」
「すみません。でも、事実なので。だって、相手は僕の兄上なので」
と、何故か腰に両手を当てて、胸を張ってドヤる。どうやら、ブラコン気質があるらしい。
「私、一度里に戻って長に会ってくる」
白姫は手に持っていた薙刀で、宙に円を描く。
「汝、我が望みの地へと送り届けたし」
その呪文が合図のように、白姫は光の柱に包まれ、その場から姿を消した――と思った数十秒後。白姫は恭稲探偵事務所の床にマグロの如く、流れ落ちるように、再び姿を表した。
「ったく、何遊んでんだよ?」
白雨は呆れるように白姫に歩み寄り、両膝を折る。
「し、白雨ッ」
珍しくどもりながら白雨の名を呼ぶ白姫は、勢いよく白雨の両肩を掴む。なにか良からぬことがあったのか、白姫の顔が戦慄で酷く青ざめていた。
「お、長に何かあったのか?」
「白姫。なにに出会った?」
長のことで頭がいっぱいの弟が気付かぬ香りに気づく白は、白姫に問う。
「こ、黒妖狐に会ったのっ。天狐よ。それも、莫大な妖力を持った。わ、私、恐ろしくて……思わず逃げて来てしまった。さ、里のみんなを置いて……ッ」
白姫は恐怖と自分に対する情けなさから、ポロポロと涙を溢す。
「⁉︎」
「‼」
白雨と智白は白姫の言葉に音もなく驚愕する。
「ご、ごめんなさい……っ」
「いや、それでいい」
自責する白姫に白が凛とした声音で声をかける。
「白姫がこうして戻ってこなければ、我々はその事実に気がつかなかった。私が行く。確認したいことがある。白姫は智白と共に、ここへ残れ」
「白様……。だけど……っ」
白姫は戸惑いと安堵感から下唇を噛み締める。
「里には守るものがあり、守りたいモノもいるだろう。だが、ココにも、守りたいモノがいるのではないのか?」
契約を超えた白姫と慶の絆を感じ取っていた白は、そう問いかける。
「!」
白姫はそうだったと、コクリと小さく頷いて見せる。
「白様、どうぞお気をつけて」
智白は白の考えを汲み取り、執事のごとく左掌を胸元に当てて会釈をする。
「嗚呼。また連絡する。後を頼む」
白はそう言って、恭稲探偵事務所を後にした。
「ぇ……兄上? 僕への指示は⁉︎ 僕だけ放置ですかッ?」
置いてけぼりとなった白雨は、慌てて兄の後を追った。
残された智白は、「ぱ、パパぁ。ど、どうしよう? またあの時みたいになってしまったら……っ」と泣いて怯える娘を抱きしめ、赤子の様にあやす。
「もうあの頃と時代が変わりました。白様も成長なされています。数年ものあいだ、戦場から離れていたとはいえ、知恵も妖力も日々増しています。あの時は天狐ではなかった白雨も大きくなり、長の右腕を務めるほどとなっています。ブラコンは相変わらずのようですが」
「……うん。そう、よね。きっと、なんとかなるわ。私だって、何も出来ずに泣いていたあの頃とは違う。今回はビビり散らかしてしまったけど……。ここを守る。慶を守る──私が守る」
白姫は祈るようにそう言った。
それらを自室で聞いていた慶は、下唇を噛み締めることしか出来なかった。
「騒々しいじゃないですよ」
来客者は白のワークデスクに両手をつく。
柔らかで多い直毛のラフウェイトマッシュは、真ん中から持ってきたような前髪の九割を使い、右目を覆うようにワックスで揉み込み、オシャレにセットされた白髪。意志の強さが乗り移ったかのような瞳は、青色の変色で発色するバイオレットカラーが美しい、タンザナイトを彷彿とさせている。
まだあどけなさが残る顔立ちに、少し幼さを感じる少年のような声を発する薄い唇からは、チラチラと八重歯が見え隠れしている二十三歳程の青年の顔は、焦りの色が滲んでいた。
「落ち着け、白雨《しう》。何があった?」
「落ち着ける状態じゃないから、こうして乗り込んで来たんじゃないんですかッ! 長が倒れました。生きてはいますが、目覚める様子がありません。こんな状態でも、兄上はまだ探偵を続けるおつもりなんですかッ⁉ 早く里へ戻ってきてください!」
白を兄だと言う白雨《しう》は、半ば叫ぶように言った。先日の来客者は白雨だったのだろう。
「白雨!」
「ぇ⁉ なんで白姫がここに? 兄上に呼ばれたの?」
白姫がココにいる情報を全くもって知らなかったのか、白雨は一驚する。
「私にも色々とあるのよ。それよりも、長が倒れたってどういうことなの? 歳を重ねてはいるけれど、ついこのあいだまで、説教垂れるほどお元気だったじゃない」
「そうだよ。昨日の朝までボソボソなんか垂れてたけど、昨晩急変したんだよ」
「……ぁ、貴方達。長を心配しているのかディスっているのか、分かったもんじゃありませんね。もう少し言葉には気をつけて頂きたいものです」
智白は二人の物言いを呆れるように微苦笑を浮かべる。
「智白さん!」
白雨は智白の存在に気がつき、智白の傍へと駆け寄る。
「智白さんからも、兄上に何か言って下さいよッ」
「私が何か言った所で、白様のご意志が変わるとは到底思えませんが」
「――ですよね~」
「そうも簡単に納得されてしまうのも、なんだか癪ですね」
「すみません。でも、事実なので。だって、相手は僕の兄上なので」
と、何故か腰に両手を当てて、胸を張ってドヤる。どうやら、ブラコン気質があるらしい。
「私、一度里に戻って長に会ってくる」
白姫は手に持っていた薙刀で、宙に円を描く。
「汝、我が望みの地へと送り届けたし」
その呪文が合図のように、白姫は光の柱に包まれ、その場から姿を消した――と思った数十秒後。白姫は恭稲探偵事務所の床にマグロの如く、流れ落ちるように、再び姿を表した。
「ったく、何遊んでんだよ?」
白雨は呆れるように白姫に歩み寄り、両膝を折る。
「し、白雨ッ」
珍しくどもりながら白雨の名を呼ぶ白姫は、勢いよく白雨の両肩を掴む。なにか良からぬことがあったのか、白姫の顔が戦慄で酷く青ざめていた。
「お、長に何かあったのか?」
「白姫。なにに出会った?」
長のことで頭がいっぱいの弟が気付かぬ香りに気づく白は、白姫に問う。
「こ、黒妖狐に会ったのっ。天狐よ。それも、莫大な妖力を持った。わ、私、恐ろしくて……思わず逃げて来てしまった。さ、里のみんなを置いて……ッ」
白姫は恐怖と自分に対する情けなさから、ポロポロと涙を溢す。
「⁉︎」
「‼」
白雨と智白は白姫の言葉に音もなく驚愕する。
「ご、ごめんなさい……っ」
「いや、それでいい」
自責する白姫に白が凛とした声音で声をかける。
「白姫がこうして戻ってこなければ、我々はその事実に気がつかなかった。私が行く。確認したいことがある。白姫は智白と共に、ここへ残れ」
「白様……。だけど……っ」
白姫は戸惑いと安堵感から下唇を噛み締める。
「里には守るものがあり、守りたいモノもいるだろう。だが、ココにも、守りたいモノがいるのではないのか?」
契約を超えた白姫と慶の絆を感じ取っていた白は、そう問いかける。
「!」
白姫はそうだったと、コクリと小さく頷いて見せる。
「白様、どうぞお気をつけて」
智白は白の考えを汲み取り、執事のごとく左掌を胸元に当てて会釈をする。
「嗚呼。また連絡する。後を頼む」
白はそう言って、恭稲探偵事務所を後にした。
「ぇ……兄上? 僕への指示は⁉︎ 僕だけ放置ですかッ?」
置いてけぼりとなった白雨は、慌てて兄の後を追った。
残された智白は、「ぱ、パパぁ。ど、どうしよう? またあの時みたいになってしまったら……っ」と泣いて怯える娘を抱きしめ、赤子の様にあやす。
「もうあの頃と時代が変わりました。白様も成長なされています。数年ものあいだ、戦場から離れていたとはいえ、知恵も妖力も日々増しています。あの時は天狐ではなかった白雨も大きくなり、長の右腕を務めるほどとなっています。ブラコンは相変わらずのようですが」
「……うん。そう、よね。きっと、なんとかなるわ。私だって、何も出来ずに泣いていたあの頃とは違う。今回はビビり散らかしてしまったけど……。ここを守る。慶を守る──私が守る」
白姫は祈るようにそう言った。
それらを自室で聞いていた慶は、下唇を噛み締めることしか出来なかった。