一週間後――。
♪コンコンコンコン。
慶の部屋の扉がノックされる。
午後二一時。
夕食やバスタイムも終えた慶と白姫は、慶のベッドの上でリラックスをして、他愛もない話しをしていた。
慶の身体に一瞬で緊張が走る。
「はーい」
髪を下ろしてリラックスタイムだった白姫の雰囲気が、一瞬でピリつき、間伸びした返事をしながらも、薙刀を手に持つ顔立ちは凛々しい物に変化していた。
白姫は慶を自身の後ろに隠すようにしながら、扉の数歩後ろに立つ。
「私です。開けても構いませんか?」
「どうぞ」
キィ……という少し錆れた音を立てながら、部屋の扉を開けたのは智白だった。
「私私詐欺じゃなくて良かったわ」
「なんですかそれ?」
「俺俺詐欺の私バージョンよ。パパが名前を名乗らないから」
「声や感覚で分かるでしょうに」
智白は小さく息をつく。
「まーね。でも、名乗ることは大切よ」
「確認がしたいなら、合言葉の方が適正では?」
「開けゴマ! 的な?」
「……安易すぎて嘆かわしいですね」
智白は首を竦めながら、首を左右に振った。
「まっ! 失礼しちゃうわね!」
「あの〜……」
息つく間もない、テンポ感のある親子の会話を止めるのは申し訳ないと思う慶であったが、恐る恐る声をかける。
わざわざ智白が娘と小競り合いするために、部屋を訪れたわけではないはずだ。
「嗚呼、失礼」
「えっと、何かお話が?」
「えぇ。貴方にお伝えしておこうと思いまして」
「何をですか?」
智白の言葉に、次は一体何が起こるのだと怯えを滲ませる。内心では、推理系の依頼は与えないで下さい。向いてないです。と願っていたりもした。
「小島ひまりは碧海響子の家に訪れ、貴方が言われた通りの言葉を伝えました。碧海響子はその言葉と、母親のカンにより、小島ひまりが我が子であると見抜きました。そして碧海夫妻は嬉々として、小島ひまりを受け入れました。ですが、色々なことを受け入れきれなかった小島ひまりは、碧海夫妻にDNA鑑定を求めました。もちろん夫妻は承諾。結果は想像通り。
納得せざるを得なくなった小島ひまりは、自身が碧海すみれであったこと。育ての親はクギキョウコの元恋人であったこと。自身が誘拐されていた身であったこと。大好きだった優しい父が誘拐犯であったこと。それら全てを、泣きながらも受け入れました」
「そう……でしたか? それで、三人は?」
新たな依頼の話ではないことにホッとする慶だったが、次は三人の行く末に不安を覚える。もはや不安が趣味状態のようだ。
「碧海夫妻は小島ひまりのことを、小島ひまりが碧海すみれとして生き直せるまでの間、ひまりと呼ぶことにしました。すぐに家族一緒に暮らすのではなく、週に一〜二度程食事を共にしています。きっと今後は、ゆっくりと失われていた家族の時間を取り戻してゆくことになるでしょう。良かったですね。あなたの推理があっていたようで」
「はい」
慶はどこか力なく微笑む。だがその笑みはあることを思い出したことで、一瞬で消えてしまう。
「ひまりさんの記憶は消されてしまうんじゃ? 恭稲探偵事務所とそこで手に入れた情報は全て。と言うことは、三人はまたバラバラになってしまうんじゃ……」
「いいえ。バラバラにはなりません。記憶操作はさせていただきますが」
「どういうことですか?」
慶は小首を傾げる。
「記憶を消したのは、恭稲探偵事務所の動画及び、その情報。そしてこの場所と、白様と貴方の存在です」
「だとしたら、ここで得た真実は、どうなるんですか?」
「それはちゃんとあります。白樹が営む探偵事務所で情報を得たと言う記憶にすり替えましたから」
「白樹さんも探偵事務所を営んでいたんですかっ?」
それは初耳だと、慶は目を見開いて驚く。
「いいえ。ただの形だけです。この場所を隠すためのフェイクとして」
「……なるほど。何はともあれ、必要な記憶は残っているみたいでよかったです」
そこについては深く聞かないでおこうと思った慶は、ひまりの記憶が残り、碧海家で本来築き上げられるはずだった絆が、長年の時を超え、築きあげられてゆくことを素直に喜ぶことにした。
「えぇ。本当に問題となり得る依頼者であったら、全ての記憶を消させていただきますが、今回の場合は、そうではありませんでしたので」
「良かった〜」
慶は心底安堵する。
「良かったわね、慶」
「うん! これで安心……。あの二人にまた笑顔溢れる日々が戻ってきてくれるなら嬉しい」
慶はそう言って微笑む。
「兄上ッ‼」
ほっとした空気を掻き消すかのように、ドタバタとした物音と共に、若い男性の声が響稲探偵事務所に響く。
「この声!」
白姫は声の主を知っているのか、はっとする。
「えぇ。またやってきたようです。あの慌てよう……何かありましたね」
「うん。ちょっと見てくる」
「白姫!」
白姫は智白が止める間もなく部屋を出て行く。
「貴方はここにいて下さい」
智白はそう言い残し、自身も部屋を後にした。
一人残された慶は不安感から、部屋の壁に耳をつけて、外の声を聴こうと試みるのだった。
♪コンコンコンコン。
慶の部屋の扉がノックされる。
午後二一時。
夕食やバスタイムも終えた慶と白姫は、慶のベッドの上でリラックスをして、他愛もない話しをしていた。
慶の身体に一瞬で緊張が走る。
「はーい」
髪を下ろしてリラックスタイムだった白姫の雰囲気が、一瞬でピリつき、間伸びした返事をしながらも、薙刀を手に持つ顔立ちは凛々しい物に変化していた。
白姫は慶を自身の後ろに隠すようにしながら、扉の数歩後ろに立つ。
「私です。開けても構いませんか?」
「どうぞ」
キィ……という少し錆れた音を立てながら、部屋の扉を開けたのは智白だった。
「私私詐欺じゃなくて良かったわ」
「なんですかそれ?」
「俺俺詐欺の私バージョンよ。パパが名前を名乗らないから」
「声や感覚で分かるでしょうに」
智白は小さく息をつく。
「まーね。でも、名乗ることは大切よ」
「確認がしたいなら、合言葉の方が適正では?」
「開けゴマ! 的な?」
「……安易すぎて嘆かわしいですね」
智白は首を竦めながら、首を左右に振った。
「まっ! 失礼しちゃうわね!」
「あの〜……」
息つく間もない、テンポ感のある親子の会話を止めるのは申し訳ないと思う慶であったが、恐る恐る声をかける。
わざわざ智白が娘と小競り合いするために、部屋を訪れたわけではないはずだ。
「嗚呼、失礼」
「えっと、何かお話が?」
「えぇ。貴方にお伝えしておこうと思いまして」
「何をですか?」
智白の言葉に、次は一体何が起こるのだと怯えを滲ませる。内心では、推理系の依頼は与えないで下さい。向いてないです。と願っていたりもした。
「小島ひまりは碧海響子の家に訪れ、貴方が言われた通りの言葉を伝えました。碧海響子はその言葉と、母親のカンにより、小島ひまりが我が子であると見抜きました。そして碧海夫妻は嬉々として、小島ひまりを受け入れました。ですが、色々なことを受け入れきれなかった小島ひまりは、碧海夫妻にDNA鑑定を求めました。もちろん夫妻は承諾。結果は想像通り。
納得せざるを得なくなった小島ひまりは、自身が碧海すみれであったこと。育ての親はクギキョウコの元恋人であったこと。自身が誘拐されていた身であったこと。大好きだった優しい父が誘拐犯であったこと。それら全てを、泣きながらも受け入れました」
「そう……でしたか? それで、三人は?」
新たな依頼の話ではないことにホッとする慶だったが、次は三人の行く末に不安を覚える。もはや不安が趣味状態のようだ。
「碧海夫妻は小島ひまりのことを、小島ひまりが碧海すみれとして生き直せるまでの間、ひまりと呼ぶことにしました。すぐに家族一緒に暮らすのではなく、週に一〜二度程食事を共にしています。きっと今後は、ゆっくりと失われていた家族の時間を取り戻してゆくことになるでしょう。良かったですね。あなたの推理があっていたようで」
「はい」
慶はどこか力なく微笑む。だがその笑みはあることを思い出したことで、一瞬で消えてしまう。
「ひまりさんの記憶は消されてしまうんじゃ? 恭稲探偵事務所とそこで手に入れた情報は全て。と言うことは、三人はまたバラバラになってしまうんじゃ……」
「いいえ。バラバラにはなりません。記憶操作はさせていただきますが」
「どういうことですか?」
慶は小首を傾げる。
「記憶を消したのは、恭稲探偵事務所の動画及び、その情報。そしてこの場所と、白様と貴方の存在です」
「だとしたら、ここで得た真実は、どうなるんですか?」
「それはちゃんとあります。白樹が営む探偵事務所で情報を得たと言う記憶にすり替えましたから」
「白樹さんも探偵事務所を営んでいたんですかっ?」
それは初耳だと、慶は目を見開いて驚く。
「いいえ。ただの形だけです。この場所を隠すためのフェイクとして」
「……なるほど。何はともあれ、必要な記憶は残っているみたいでよかったです」
そこについては深く聞かないでおこうと思った慶は、ひまりの記憶が残り、碧海家で本来築き上げられるはずだった絆が、長年の時を超え、築きあげられてゆくことを素直に喜ぶことにした。
「えぇ。本当に問題となり得る依頼者であったら、全ての記憶を消させていただきますが、今回の場合は、そうではありませんでしたので」
「良かった〜」
慶は心底安堵する。
「良かったわね、慶」
「うん! これで安心……。あの二人にまた笑顔溢れる日々が戻ってきてくれるなら嬉しい」
慶はそう言って微笑む。
「兄上ッ‼」
ほっとした空気を掻き消すかのように、ドタバタとした物音と共に、若い男性の声が響稲探偵事務所に響く。
「この声!」
白姫は声の主を知っているのか、はっとする。
「えぇ。またやってきたようです。あの慌てよう……何かありましたね」
「うん。ちょっと見てくる」
「白姫!」
白姫は智白が止める間もなく部屋を出て行く。
「貴方はここにいて下さい」
智白はそう言い残し、自身も部屋を後にした。
一人残された慶は不安感から、部屋の壁に耳をつけて、外の声を聴こうと試みるのだった。