二十××年 一月 十八日。
 愛莉と春香と共に下校した聖花は、愛莉のマンション前で愛莉といつもの別れ方で別れた。じゃぁ~また明日。と笑顔で手を振る愛莉に、うんと頷き小さく手を振り返す聖花と春香。目に見える所ではいつもと変わらない。だが、聖花の心と水面下で事が動こうとしていることだけが変化していた。
「――」
 愛莉の背中が見えなくなってもなお、愛莉が住むマンションや愛莉の自転車を懐かし気に見つめていた聖花は、下ろしていた右手で握り拳を作って胸に当てる。
「……春香ちゃん。待たせてごめんな。行こう」
「聖花先輩。もう大丈夫なんですか?」
 聖花の背後でそっと見守っていた春香は心配そうに声をかける。
「うん」
 そっと涙を拭った聖花は力なく頷いた後、身体全身で振り向き、空元気の笑顔を見せた。
「……では、予定通りに」
 そんな聖花の様子に心を痛める春香だが、これが最善最高の道に繋がるのだと信じ、そう言った。
「うん」
 聖花はどこか緊張した面持ちで頷く。
「じゃぁ、行きましょう」
 白姫は小さく頷き、聖花の前を歩く。
 聖花は白姫の後ろをトボトボとついて行った。


 二人が帰宅すると、おかえりなさい。と、白樹が迎え入れた。
 白樹の迎え入れに驚いた聖花だが、響子は白樹の手配によって寝室で熟睡しており、まだ仕事中の雅博は不在だと聞かされ安堵した。
 聖花は白姫の指示通りに動く。独断で動いたら最後、作戦が失敗に終わると分かっているのだ。そもそも、今更引き返すことなど出来なかった。


「白樹、準備はいいわ」
「了解」
「じゃぁ、後はお願いね。落ち着いたらまた事務所で」
 部屋の窓ガラスにかけられている遮光カーテンが、予め一ミリの隙間もなく閉められていた聖花の部屋。白姫は一言二言、スマホで白樹と話した春香は電話を切り、例のごとく薙刀を出現させた。
「じゃぁ、聖花先輩」
 春香は聖花に右手を突き出す。
「うん」
 聖花は小さく頷き、春香の右手を左手で握る。右手の指先には、自身と春香、合計四つの靴が引っかけられるように持たれていた。左手に薙刀、右手では聖花の手を握らなければならない春香には、自身の靴を持っての移動は困難だろう。
「じゃぁ、行きましょう」
 そう言った春香は一つ息を吐く。
 春香は聖花の手を握り、薙刀で宙に円を描く。
「汝、我が道を望みの扉へと導きたし」
 呪文を唱え終えた瞬間、二人は光の柱に包まれ、その場から姿を消した――。
 それは、碧海聖花がこの世界から姿を消した瞬間だった。


 その後。
 白樹が手配した聖花の傀儡がベッドから起き上がり、何の問題もなく動き出す。
 聖花の傀儡は計画通り碧海聖花として日常を暮らした後、黒妖子の仲間である鴉男の目の前で、偽装の死をとげた。
 唐突な死を突きつけられた碧海夫妻と愛莉は、その後数年間、悲しみに暮れる日々を過ごすことになるが、それは姿を消した聖花も同じことだった――。



  †


 二十××年 一月 十八日。
 恭稲探偵事務所。


 恭稲探偵事務所に再び訪れた聖花は、ゲストルームに招き入れられていた。
 八畳洋室。英国調で統一された家具達はベッドが二つと各サイドテーブル。壁に付けている勉強机セットが二つ設置されていた。
「今日から、ココが聖花先輩のお部屋となります。私も一緒に過ごすので、どうかご安心して下さい」
 と伝える春香は変身を解き、白姫の姿に戻る。傍にいる者が見知った相手ではなくなり、聖花の緊張感も増した。
「分かりました。……もう、聖花先輩って呼ばなくてもいいですよ? 敬語も必要ないです。普通になさって下さい。私はもう生徒でもなければ、貴方の先輩ではないですし。むしろ、貴方が先輩ですよね? 同じくらいの年齢に思いますが、見目年齢×三十六年だと智白さんが仰っていました」
「……分かった。じゃぁ、聖花って呼ばせてもらうね。私のことは白姫って呼んで。敬語も必要ないから。後、年齢を気にしないで。まるで私がおばあちゃんみたいだわ」
「す、すみません」
 聖花は白姫の気を悪くさせてしまったと、慌てて謝る。
「いいのよ、別に」
 と言いながら、出入り口に一番近い壁についている勉強デスクのセットのチェアに腰掛けた白姫は、聖花を手招きする。
「な、なんでしょうか?」
 聖花は不安気に問いながら、白姫の正面に立つ。
「敬語、とれてないわよ?」
 可愛い困った子を見るように微笑む白姫に対し、少し間を置いて気がつく聖花は慌てて「……ぁ! すみません」と、頭を下げた。
「まぁ、慣れたらでいいわ。無理強いはしないから。それと、今何か欲しいものはある? 何か望みはある?」
「……すみません。欲しいものはありません。ただ、両親と愛莉のことが心配です」
 面目なさげにしょぼくれる聖花は、眉根を下げながら言った。
「三人のことは、私と白樹が全面バックサポートするから安心してちょうだい。白様とパパもついているわ」
「ありがとうございます」
 その言葉に安堵する聖花は、深々と頭を下げてお礼を言った。
「聖花。人のことを思いやるのはとても大切だし素敵なことよ。だけど、今は自分の心を大切にして欲しい。私は聖花が心配になる」
「?」
 聖花は白姫の言葉にきょとんとした。
「聖花。貴方は今後三年間、この恭稲探偵事務所から一歩も外に出られないわ。スマホなどの端末はもちろん、洋服や大切な者達も全て置いてきた。何かのアイテムが心の支えになってくれることもなく、ご両親や愛莉先輩とのことでの精神的負荷がたくさんかかると、容易に想像がつく。だから、独りで抱え込まないで欲しい。
 私は愛莉先輩みたいに、聖花の全てを知らない。好きな食べ物とか、そういった趣味嗜好的なことを話したことはあるけれど、まだまだ知らないことが多いわ。
 聖花が何に傷つき、何に傷ついてきたのか。何に喜びを感じ、何に喜びを感じて来たのか。どんな人生を送ってきたのか――私は、聖花の表面上の一部くらいしか知らないし、分からない。
 だから、聖花にとって私は頼りない存在だと思う。私を精神的な支えにするのには、乏しすぎると思う。それでも、私は聖花の傍にいる。
 大丈夫。今度は、私がついているから。私は愛莉先輩みたいにはなれないけれど、今度は私が聖花を支えていく。だからどうか、独りにならないで――私を、皆を頼って」
 涙を滲ませる白姫は、真摯な表情でそう聖花に伝えた。
 聖花はもう、心を許せる者も、心から安心できる場所も無くなったのだと、独りで生きていかなければいけないのだと気負っていた。だが、白姫の言葉と想いに、自身に張っていた虚勢が外れ、聖花の瞳から一筋の涙が零れる。
「聖花……。独りじゃない。独りじゃないから――」
 白姫は、大丈夫。明けない闇なんてないから。と聖花を正面から抱きしめる。
 聖花は白姫の言葉と体温に、ずっと張っていた糸が切れたのか、ポロポロと涙を溢す。
 白姫はそんな聖花の全てを受け入れるように、聖花の背中を優しく擦り続けた。


 その後。
 人間界では傀儡の碧海聖花の埋葬が行われた。
 傀儡聖花のことが落ち着いた頃、白姫の手配によって、碧海夫妻と守里愛莉に手紙が届く。
 差出人は生前の碧海聖花からだ。
 そこには、あの日徹夜で書いた想いの丈が綴られていた。


 †



【拝啓 碧海雅博様。碧海聖花様。

 突然の手紙に驚きましたか?
 高校を卒業するに伴い、今までの想いを手紙に綴ろうかと、ペンを握ってみました。
 握ってみたはいいのですが、小学生の時以来に手紙を書くので、少し緊張しています。
 いったい、何から伝えれば言いのか……。

 私は赤ちゃんのときから、一般的と言われる瞳の色と違いましたね。二人はそれでも、私のことを恐れず、愛情をたくさん注ぎ、育ててくれました。とても感謝しています】
 手紙には、一度知ってしまった両親の真実を隠し、二人の知る娘の碧海聖花として、今までの感謝の想いが綴られていた。


【幼稚園で上手く馴染めないでいたとき、お母さんはお仕事を辞めて、お家で一緒に同じ時間を過ごしてくれましたね。

 小学校に上がっても、お友達が出来るどころかイジメにあってしまい、小学校一年生にして不登校になってしまった。その時の私は、イジメで不登校になっていたことを誤魔化していたのにも関わらず、二人はその時の私を受け入れてくれました。

 お母さんは私を叱ることなく、学校へ行くことを強制することもありませんでした。
 学校には行きたくなれば行けばええんよ。勉強なら私が教えるさかい。それより、家庭での学びを大切にしていた方が、後(のち)に聖花ちゃんを輝かせることになるかもしらへん。と言ってくれました。

 お父さんも、学校へ行かない私を叱ることはありませんでした。

「学校へ行きたなければ行かんでもええ。もしかしたら今の聖花は、学校以外の世界が待っているのかもしらへん。学校というのは、ある一つの世界でしかないんや。人は絶対的にその世界で生きて行かなきゃあかんことはない。むしろ、学校以外の世界がたくさんあることを知っておいた方がええ。
 学校で多くのことが学べるように、学校の外でも多くのことを学べる。聖花の今は、学校以外での学びが必要なんかも知らへん。
 家族と笑い合ったり、自然と戯れたり、色々な作品に触れたり、色々なものを表現したり――一瞬一瞬が聖花の大切な学びで、聖花の大切な命の時間や。
 聖花が好きなように生きたらええ。聖花が好きなように過ごしたらええ。お父さん達が聖花を守って、手助けして行くから。安心してたらええ」
 と言ってくれたお父さんの言葉と微笑みは、今でも忘れられません。
 あの時の私には、二人の存在はとても心強く、唯一の救いでした。

 公園でもお友達が出来なかった私に、いつも寄り添ってくれていたのは、大好きな二人でした。
 幼少期から色々ありましたが、二人がたくさん愛情を注ぎ、たくさん傍にいてくれたからこそ、私は孤独ではなかったです。笑顔で過ごせていた日々が多かった気がします。

 中学に上がり、愛莉と出会いました。
 愛莉というお友達が出来たとき、二人は涙を流して喜んでくれましたね。お母さんは赤飯を焚いてお祝いしてくれました。今思えば、二人にたくさんの心配をかけていたんやと思います。それでも、私を信じ、見守ってくれて、ほんまにありがとう。感謝しています。

 毎年、愛情たっぷりの誕生日パーティをしてくれてありがとう。二人からもらったプレゼントは、今でもみんな、大切にしまっています。使ったりもしています。
 誕生日だけではなく、節分やひな祭り。七夕やクリスマス。毎年、全ての行事事を丁寧に体験させてくれてありがとうございました。そのどれもが楽しかったです。
 毎年一回行く家族旅行。
 私の瞳のことで、大変な思いや悲しい思いをさせてしまったと思います。泣いてしまう幼い私を慰めることに、二人は苦労していたかもしれません。
 嫌な思いや腹正しい思い、悲しい思いややるせない思いなど、たくさん感じさせてしまっていたかもしれません。そこはほんまに、ごめんなさい。
 それでも、瞳のことを気にせず自然界でのびのびと遊べることが嬉しかったです。
 バーベキューや花火なども、とても楽しかったです】


 そして、ささやかと言われる日々。
 大切な日常。
 二人と過ごす時間、家族団欒する時間。
 お母さんが作ってくれる美味しくて温かな愛のこもった手料理。どれも大好きでした。と言いつつ、フキノトウとかゼンマイとか、嫌いな食べ物もあり、残してしまうこともありましたね。今思い返すと、色々と申し訳ないことをしたと思います。ごめんなさい。

 お父さん。いつも家族のために働いてくれてありがとう。
 お仕事で凄く疲れているはずやのに、お家の中ではいつもニコニコ笑顔を絶やさなかったように思います。いつも笑顔で接してくれて、ありがとう。
 お母さんに叱られて泣いちゃったときには、いつもフォローしてくれて、いつも家族を大切に思ってくれて、守ってくれて――本当にありがとうございます。

 ここでは書ききれない日々の中で感じた想いの全てを、この言葉に凝縮させたいと思います。
 今まで愛情いっぱい育ててくれて、本当にありがとうございました。心の底から感謝しています。
 本当に本当に、二人のことが大好きです。ほんっまにありがとう。
 私はいつでも、どんなときでも、心から二人の幸せを願っています――。
                                                       碧海 聖花】


 天国へ旅立ったと認識している愛する娘から届いた作文交じりの手紙に、碧海夫妻が涙を流したのは言うまでもないだろう。
 二人はその手紙を宝物として、お守りとして、ずっと大切に持ち続けるのだった――。


【拝啓 守里愛莉様。

 愛莉、突然の手紙で驚きましたか?
 多分、ちゃんとした手紙は初めて書きますね。なんて書いたらええか……凄く悩んでいます。とても気恥ずかしいです。せやけど、どうしても伝えたい想いがあるので、書きます。


 私はこの瞳のこともあり、上手く人に馴染めず、イジメに合うことも多く、ほぼ引き籠りのような生活をしていたこともあります。
 幼稚園、小学校と、まったくお友達が出来ず、中等へ上がってからも、クラスメイトと上手く馴染めずにいました。そのことから、高等へ上がってからも、どうせまた独りぼっちの学園生活になるだろうと、色々なことに諦めの境地でいました。
 変わらない日々をおくるのだろうと信じていながら、心のどこかでは、誰かと分かり合いたい、大切な友人が出来ればいいのに。と、希望を抱えていました。天はその希望を叶えてくれたのかもしれません。

 今から六年前、転入生として愛莉がやってきました。元気な自己紹介に内心驚いていましたが、瞳を凝視されたときは、驚きを超えてめまいがしました。
 京都の裏言葉を理解できずに、自分らしく振舞っている姿を横目で見て、少し羨ましかった覚えがあります。私も言葉の裏なんて読まず、言葉を素直に受け取れたら、どんなに楽なんやないやろか――と。

 RIH(リフ)で愛莉とちゃんと話した日のことを、昨日のことのように覚えています。
 そのとき話した愛莉の言葉は、どれも印象深かったし、イカ焼きとか、サイコパスとかの例えも分かりやすかったです。

「聖花さんの瞳は、うちが今まで見てきたどんな人よりも、美しく輝いてるで! こないだ宝石特集の通販雑誌で見た、スぺサルタイトガーネットよりもちょっと濃いような色してて、めっちゃキレイや。目の中に宝石を持ってるなんて、めっちゃ素晴らしいやん。もっと堂々としてーな。って、うちは本気で思ってんねんよ」
 と言ってくれたのを覚えていますか?
 私にとって、その言葉達は今でも――これから先もずっと、私の宝物であり、お守りになっていくことと思います。
 大嫌いだった自分の瞳を、自分のことを少し許すことが出来た瞬間でした。少しだけ、自分のことを好きになれたような瞬間でした。
 その日から、私の心も日々もキラキラと輝き、世界がカラフルになっていった気がします。

 愛莉とずっと同じクラスでいられたおかげで、とても平穏でした。
 愛莉と真面目に受けた授業も、じゃれ合って先生に叱られた授業も、愛莉の補習に付き合ったことも、毎日一緒にランチしたことも、学校行事事も、みんなみんな楽しかったです。

 ずっとクラスメイトと馴染めずにいたし、これからもそうなのだろうと思っていたけれど、愛莉が仲介に入ってくれることで、幾人かのクラスメイトとも話せるようになれました。ほんまにありがとう。
 それでも、傷つくことがあったときには、いつも励ましてくれたり、私よりも怒ってくれたりしましたね。愛莉がいたから、辛いことや悲しいことを乗り越えることが出来ていました。

 教師になる夢を持っていた愛莉は、日々努力を重ねていました。その姿は凄く輝いていて、私は尊敬するばかりでした。愛莉が頑張っているから、私も頑張ろう! そう思えて、色々頑張れたりしていました。
 凄く凄く支えてもらってばかりでいたけれど、ほんの少しでも、愛莉の役に立てていたらいいなぁと思っていたりもします。

 愛莉と遊んだ日々。お買い物に行ったこと。愛莉の家にお泊りしたこと。愛莉にお泊りしてもらったこと。初めてのたこ焼きパーティ。スイーツ巡り。洋服を選びっこしたこと。一緒に映画を観たこと。デッキーニランドに遊びに行ったこと。愛莉のご家族と一緒にキャンプしたこと、そのどれもが素敵な思い出です。
 愛莉と出会うまで友人が一人もいなかった私にとって、全てが初体験で、ドキドキの楽しい時間でした。
 ここでは書ききれないほどの素敵な思い出たちを、たくさんたくさん与えてくれて、本当にありがとう。
 愛莉と出会えて本当に嬉しいです。
 言い合いした時すら愛おしくなるほど、愛莉と過ごした日々は、毎瞬毎瞬かけがえのない時間でした。どの時間もかけがえのない、私の宝物です。
 私と同じ時間を過ごしてくれて、ほんっまにありがとう。

 今日もいきなり呼び出してしまったのに、嫌な顔一つせずお泊りしに来てくれてありがとう。いつも心配かけてごめんなさい。いつも気にかけてくれてありがとう。
 つい隠してしまいがちな私の悲しい気持ちに、いつも気づいて救ってくれて、ほんまにありがとう。

 愛莉はとても優しくて、行動力があって、寛容で面倒見が良くて、受容力が高くて、努力家で運動神経もよくて、チームをまとめる力も強くて、コミュニケーション能力が高くて、素直で時折暴走しちゃうこともあるけれど、クラスメイトや後輩にも慕われていて、愛されキャラで笑顔がキラキラ輝いていて、可愛らしくて――ほんまに素敵な子やと思っています。
 私は愛莉の笑顔がほんまに大好きです。
 愛莉やったら、きっと素敵な教師になれると思います。
 今後離れてしまうことがあっても、私はどこからでも、愛莉を応援しています。愛莉が夢を叶えることはもちろんですが、愛莉が日々を生きて、幸せに過ごせることを願っています。
 ほんまにほんまに、私と出会ってくれて、私の心友になってくれて、辛いときも哀しいときも、ずっと傍にいて支えてくれてありがとう。楽しい時間をたくさん一緒に過ごしてくれてありがとう。

 私は愛莉と出会えて、濃密で素敵な数年間を過ごすことが出来て、ほんまに幸せでした。ぁ! 分かってくれてると思うんやけど、この手紙に綴った言葉達には、裏なんてものはありません。
 愛莉、心から大好きです。
 私達は例え離れ離れになったとしても、きっとうちらは魂で繋がってる。
 私はもう傷つけられるだけの子供でもない。もう何も出来ない子供やない。私は充分強くなった。
 その言葉達は、今後の私のお守りです。
 今まで、愛莉達に守られてばかりいましたが、今度は私が愛莉達を守れるようになれたらいいなぁ~と思います。
 かけがえのない日々をありがとう。ほんまに愛莉のことが大好きです。
 そんな大好きな愛莉が、一瞬でも多く笑顔になれる日々を過ごしてゆけることを、心から願っています――。

                                                     碧海 聖花】



 聖花の手紙を読んだ愛莉は声を出して号泣した。
 聖花がおらんのに、どうやって笑顔で過ごして行ったらええんよ! うちらを守れるようになりたいって言ってる傍から死んでしもうてからにッ。いったいどうやって守るつもりなんよ⁉ 
 ……もう誰も守らんでもええよ。守らんでもええから……甘えたで弱虫ちゃんでもええから……うちが守っていったるから……ッ。戻ってきて……。独りで手の届かんところに行かんといてーな。戻ってきて……きよかぁ……ッ――。
 という愛莉の涙の訴えが、聖花の耳に届くことはなかった。



  †


 二十××年 一月 一八日――。
 深夜二時三十分。
 恭稲探偵事務所。

 カチャ……。
「碧海聖花と白姫は?」
 ドアノブの音が響いたと共に、白が問う。
「二人仲良く、ゲストルームで眠っています」
 部屋から出てきた智白は物静かに答える。
「何かしたのか?」
「何も。ただ二人の飲み物に眠剤を導入しました。闇に飲み込まれてしまっては困りますからね」
「……そうか。傀儡はどうしている?」
「変わらず、碧海聖花として生活していますよ」
「マークの強化を」
「かしこまりました。では、また何かありましたらお呼び下さい」
 執事のごとく会釈をした智白はゲストルームへと戻る。
 一人の残された白は、ミディアムロースト色をした円形サイドテーブルに置いてあるチェス盤を、なにかを思案するかのように見つめる。
 先日チェス盤上で繰り広げられていた試合展開は、すでに変わっていた。
 両者キングは変わらず、元の配置に置かれている。
 白板のチェス。
 キングの左隣に白のルークがついている。
 二のdに白のクイーン。その隣にはクリスタルのポーン。二のfに白のルーク。
 三のaに白のポーン。その隣にライトローストのポーン。
 三のdに白のナイト。その隣に白のビショップ。三のgにライトロースト色のナイト。三のhにライトローストのビショップ。四のhに白のポーン。
 そして何故か、二のcに、フレンチロースト色をしたポーンが倒れていた。
 黒板のチェスも不思議な配置を見せている。
 八のeに黒のクイーン。七のfに黒のルーク。七のeに黒のビショップ。七のaに黒のナイトが倒れ、五のcにも黒のポーンが倒れていた。
 他の駒はチェス盤上には置かれていない。チェス盤の傍に、他の駒が置かれているわけでもない。
 前回よりも、不思議なチェス盤上で繰り広げられている駒達を、白は静かに見つめ続けていた――。



  †