私の耳に温かく響くハイ・バリトン。
 声の持ち主は私の彼氏、壱樹(いつき)
 優しい壱樹が大好き。ちょっと真面目すぎる面もあるけれど、そこも含めて。
 中学卒業式の当日に告白、というベタなこともやってのけてくれた。
 私はスマホを右手から左手に持ち替えつつ、『うん、うん』なんて頷きながら、壱樹の声に聞き惚れていた。
 この声で『ずっと前から彩葉(いろは)のことが好きだった』って告白してくれたんだよね……
 あれから早3ヵ月半が過ぎようというのに、未だに壱樹から『彩葉』って呼ばれる度にいちいちキュンとしてしまう。

「それで……次のデートでキス……していい?」

 えっ、今『キス』って言った? まさか壱樹が?
 う、ううん、聞き間違いかもしれない。私の願望がとうとう幻聴になって聞こえてきたとか……

「……ダメ、かな……?」

 その囁くような小さな声に心臓が跳ねた。
 聞き間違いなんかじゃない!
 ゴキュ……
 ぎゃっ、どうか唾を飲み込んだ音が壱樹に届いていませんように!

「キ、ス……」
「うん」
「したい、の? 私と……」

 頭が痺れてしまって何も考えられないのに、自然と口が動く。
 大胆なことを聞き返す自分が信じられなかった。

「うん、したい、彩葉と」

 きゃー、生まれてきてよかったー!
 全身が脈を打つ。

「私も壱樹とキスしたい……」

 壱樹の吐息が聞こえた。
 耳に温かい息がかかった気がした。
 くすぐったくて、スマホを握る手に力が入る。

「じゃあ、またデートのときに……」
「うん……またね」

 通話が終了したあとも、スマホを耳に当てたままでいた。
 心臓の音が聞こえていた。