屋上の、メッシュフェンスの向こうに、可憐な蝋燭が立っていた。
九月半ばの蒸し暑さに汗を垂らしながら、そういえば、と僕は思う。
屋上の扉を施錠していたはずの真鍮はだらしなく垂れ下がっていたけれど、いま向こう側に居る、蝋燭のような少女が壊したのだろうか。
「落ちたら、痛いと思う」
本当なら「君の綺麗な顔が、ぐちゃぐちゃになるのは見たくない」と付け足したいところだったけど、どうにか堪えた。
彼女は華奢どころか貧弱にも見えるその足を、たった一度だけ動かして、横顔を向ける。九月半ばの生ぬるい風が、儚さに塗れた彼女のすべてを拐ってしまいそうな、そんな危うい気配が漂っていた。
「確かに、痛いかも」
「うん。やめなよ」
彼女がようやく唇を割ったのに、僕は被せるようにして言う。澄んだその声を聴くことが出来るのは、もしかしたらこれで最後かもしれないのに。
「そうだ」
何かをひらめいた彼女の、黒く長い髪が横に流れて、覇気の無い瞳が向けられる。
「私のこと、殺してくれない?」
……勘弁してくれ——。
そう思いながら、夕焼けを反射する彼女の手元に視線を移す。その薄い掌に握られた銀色のペンチと、地元で可愛いと評判の制服を纏う、校内一の美少女はとても不釣り合いだ。
なのに、たぶん、僕はその危うさにさえ、もうとっくに惹かれていた。