「幽鬼退治にこんなにも貢献した私に、いったいなんの不満が?」
「千華宮に仕える女として、幽鬼に襲われるのは絶対に許さんと言っただろうが」
 本気で怒っているらしく、彼の額には青筋が浮いている。
「私を愛おしく思う気持ちはよーくわかりますけどね、幽鬼にまで嫉妬するのは見苦しいというものです」
「俺は臣下としての心構えを説いているのだ。それとも……」
 言いながら、焔幽は香蘭に近づきグイッと腰を引き寄せた。ごく近いところで視線がぶつかる。こんな騒ぎのあとでも彼の顔は少しも崩れておらず美麗だ。
「幽鬼にまで嫉妬するほどお前に惚れている。そう言わせたいのか? お望みなら叶えてやっても――」
「この私を口説こうだなんて千年早いですよ、陛下」
 香蘭は彼を押し返す。が、焔幽はまたジリジリと迫ってくる。
「俺がお前にご執心だと、まんざらでもない顔で言っていたじゃないか?」
 幽鬼と対峙したときのことをさしているのだろう、香蘭はおほほと高笑いをする。
「あれは演技です。私に与えられた天賦の才のひとつですわ」

 互いに一歩も引かぬ攻防を続けるふたりを横目に、夏飛はふわぁとあくびをした。
「痴話喧嘩はどうぞおふたりで。僕はもう帰って寝ますね」
 返事を待たずに夏飛は歩き出す。
「にしても、この千華宮にはどれだけの幽鬼が潜んでいるのでしょうか。恐ろしいので、祓い師を呼びましょう。はぁ、また予算外の大出費だ」
 幽鬼を恐れているのか、祓い師に渡す金子におびえているのか、夏飛はぶるりと背中を震わせた。