「俺の実母は景桃花以上に病弱な女でな。俺を産んでから死ぬまで、ほぼずっと伏せっていた」
彼が語り出したのは実母と自身の幼少期の話だ。
彼の母は宮を持たない、嬪の地位にあったそうだ。彼女には千華宮にあがった当初から親しくしていた女がいた。
名は琵加といい、同じく嬪のひとりだった。ふたりとも皇帝にとっては〝その他大勢〟の女。ある意味では気楽でもあり、ふたりは平和な日々を過ごしていたそうだ。
ところが、焔幽の実母にたまたま皇帝の手がついた。そして、たった一夜で彼女は男児を身ごもった。
(それが幸運とはかぎらないのが、この場所の恐ろしいところですね……)
香蘭の予想したとおり、後ろ盾のない彼女が歩むのはいばらの道だったそうだ。
「もともと身体の弱かった母は、心身ともに衰弱してな。皇帝にも誰にも、かえりみられることはなくなった」
香蘭はなんと答えたらいいのかわからず口を閉ざす。不憫ではあるが、ここではありふれた話なのだ。
「皇子もすでに大勢いたから、母も俺もどうでもいいものと扱われた。ただひとり、親切だったのが琵加だった」
美談なのかと期待したが、彼の話はどんどん不穏になっていく。
「母の死後、俺の面倒を見てくれたのが彼女だった。俺は自分の息子も同然だと言ってくれた。だが……」
思い出すのが苦しいのだろう。彼は言葉を詰まらせる。
「いつしか、彼女は俺に父を――当時の皇帝を重ねるようになった」
琵加という女の胸のうちがだんだんと香蘭にも見えてきた。彼女はきっと、自分に見向きもしない皇帝に焦がれていたのだろう。
彼が語り出したのは実母と自身の幼少期の話だ。
彼の母は宮を持たない、嬪の地位にあったそうだ。彼女には千華宮にあがった当初から親しくしていた女がいた。
名は琵加といい、同じく嬪のひとりだった。ふたりとも皇帝にとっては〝その他大勢〟の女。ある意味では気楽でもあり、ふたりは平和な日々を過ごしていたそうだ。
ところが、焔幽の実母にたまたま皇帝の手がついた。そして、たった一夜で彼女は男児を身ごもった。
(それが幸運とはかぎらないのが、この場所の恐ろしいところですね……)
香蘭の予想したとおり、後ろ盾のない彼女が歩むのはいばらの道だったそうだ。
「もともと身体の弱かった母は、心身ともに衰弱してな。皇帝にも誰にも、かえりみられることはなくなった」
香蘭はなんと答えたらいいのかわからず口を閉ざす。不憫ではあるが、ここではありふれた話なのだ。
「皇子もすでに大勢いたから、母も俺もどうでもいいものと扱われた。ただひとり、親切だったのが琵加だった」
美談なのかと期待したが、彼の話はどんどん不穏になっていく。
「母の死後、俺の面倒を見てくれたのが彼女だった。俺は自分の息子も同然だと言ってくれた。だが……」
思い出すのが苦しいのだろう。彼は言葉を詰まらせる。
「いつしか、彼女は俺に父を――当時の皇帝を重ねるようになった」
琵加という女の胸のうちがだんだんと香蘭にも見えてきた。彼女はきっと、自分に見向きもしない皇帝に焦がれていたのだろう。