かろうじて出てきた言葉もあっさりと返されてしまい、口ごもる。動揺のあまり手が震えてきたので、佑馬は一度箸を置いた。
卓もそれに合わせたようにカチャンと音をたててグラスを置く。
そして、彼は先ほどよりもいくらか緊張がうかがえる声で言った。
「もう一度言う。結婚しよう、ユウ。いや──……
悠木莉桜さん」
深く、長く息をついた。
何とも形容しがたい気分になり、とりあえず笑ってみた。
「……あは。本名で呼ばれるの、何だか久しぶりな気がします」
よく勘違いされるが、小説家櫻田佑馬は女性である。
性別を間違えられる理由に、小説のあとがきや雑誌のコラムなどで……というか普段から「僕」という一人称を使っているからというのももちろんある。
だが、どう考えても一番の原因は、“櫻田佑馬”という──8年前に死んだ幼なじみの男の名をペンネームにしているからだろう。
──新進気鋭の小説家・櫻田佑馬。本名は悠木莉桜。
かつては心臓に抱えた欠陥のせいで20歳を超えることなんてないだろうと思っていたが、24歳になった今も無事生きている。