ここの神様は、きっと僕の願いを聞き届けてくれる。

 これまでの人生で神を信じていなかった人間だとはとても思えないぐらい、僕はごく自然にそう思った。

 せっかくの縁だからと、参拝を済ませた後は絵馬を書き、お守りも一つ買った。おみくじも引いておくか迷ったが、自分のことを占ったって仕方ないのでやめておいた。
 そんなこんなで、鳥居に背を向ける頃にはすっかり気持ちが楽になっていた。

 偶然ここにたどり着いて良かった。これからは少しぐらい神を信じてみるのもいいかもしれない。

 行きは辛くて仕方がなかった階段も、下りるだけなら敵じゃない。
 僕は冷たくて凛とした空気を肌で感じながら足を進める。


「あ、桜」


 石段脇の木々の中に、一本だけ桜の木があったことに気が付いて、無意識に声を上げた。

 上っているときは気が付かなかった。というか階段が辛くて周りの景色を見る余裕なんてものはなかった。


 巷の桜は咲いていて五分咲きといったところだが、この桜はなぜか満開だ。残念ながら詳しくないのでわからないが、ソメイヨシノとはまた別の種類の桜なのだろうか。

 花の付いた枝は長く伸びていて、ちょっと頑張ったら触れられそうだ。

 そんなことを思って、僕は美しい花びらにまっすぐ手を伸ばす。

 指先が触れるまであと数センチ。ふわりと柔らかな風が吹いて、誘うように枝が揺れる。


 踏みしめた足元の違和感に気が付かないぐらい、僕はこの花に夢中になってしまっていた。