目の前には長く続く急な石段。その先には大きな鳥居。


「こんなところに神社なんてあったのか」


 毎年初詣に行く、開けた明るい神社とは雰囲気がまるで違う。
 石段の両脇に植わった木々が茂っていたり鳥居の向こうに森が見えたりするせいで、どこか薄暗く、凛とした妖しげな空気が漂っている。

 何となく気になって神社の名を検索してみる。そして思わず呟いた。


「すごいタイミングだな……」


 どうやらここは……病気平癒の神を祀った神社らしい。

 ──行くつもりがないのに偶然神社にたどり着いたとき、それを「神様に呼ばれた」と捉える人がいる。だとしたら今の状況はまさに、神様に呼ばれている。……なんて、昔から神を信じていない僕が思うのはお笑い草だろうか。
 だけどそもそも神頼みなんていうのは、自分の力ではどうにもできない困難に直面したとき、少しでも気持ちを落ち着けるためにとる行動でしかない。

 僕にとって今はまさに、そんな困難に直面している瞬間だ。


 せっかく信仰の自由がある国なのだ。今この瞬間だけ熱心な信者になってやろうではないか。

 僕は古びた石段をゆっくり上りはじめる。
 石段は一段あたりの奥行が狭く、高さもあって上りにくい。普段からあまり運動をしていないことも祟って、半分ほど上った頃には息切れしていた。
 それでも、ここまで来たのだからと自分を励まし、どうにか上がりきって鳥居の前に到着した。

 階段の下から見た印象と違わず、境内も薄暗く神聖な雰囲気の場所だった。

 手水舎(ちょうずや)から賽銭箱、本殿まで、みんな年季の入った佇まい。

 どことなく緊張感を覚えながら、僕は拝殿の前に立った。

 財布の中に小銭は100円玉一枚しか見当たらなかったので、それを投げ入れて柏手を打つ。目を瞑って願うことは一つ。






 ──莉桜がこれから先何年も、何十年も、元気に笑って生きていけますように。


 それを叶えてくれるのなら、僕はどんな犠牲を払うことだって厭わない。