僕はそれを言う代わりにため息をつき、勉強机の椅子に座る。すると机に出しっぱなしだった書きかけの原稿用紙が目に入った。莉桜に見つかる前にさっと片付ける。
そういえば、莉桜は前に言っていた長編小説をちゃんと書いているのだろうか。
見学に来て以来、莉桜はたびたび文芸部に顔を出すようになっていた。しかし、仲良くなった部員と雑談している様子は見ても、筆を執っている様子は見ない。ちなみに、初日に軽くバチバチしていた高島卓部長とも、割と仲良くなっている。
せっかく目の前にいることだし、本人に進捗を聞いてみようかと思っていると、それより先に莉桜が目を細めて呟いた。
「この部屋にいるとさ、思い出すんだよね」
「何を?」
「疑似修学旅行」
「ああ」
耳馴染みのない単語だが、何のことを言っているのか、僕にはすぐにわかった。
学校生活で何かと制限の多い莉桜。修学旅行もその一つだ。
小学生の頃の話だ。「そんなもの行かなくたって平気だし」と口では強がっていたが、クラスメイトたちの話題に修学旅行という単語が上がる回数が増えてくるにつれて、莉桜は体調に関係なく学校を休むようになっていた。
当時純情で素直な子どもだった僕は、そんな莉桜をどうにか修学旅行に参加させる術はないか、せめて参加した気になれる方法はないか……とお粗末な頭で懸命に知恵を絞った。
ビデオ通話で実況するというのも考えたが、旅行中に携帯電話を持ち込むのは難しい。そこで最終的に行きついたのは、自分も修学旅行を欠席して、家で修学旅行ごっこをしようという案だった。
旅番組の録画やガイドブック、写真集などを集めて、修学旅行のしおりにある時間通りに僕の部屋で鑑賞会を行う。料理は母に頼んで旅先の名物を再現して作ってもらった。
修学旅行に参加した気になんてどう考えてもなれやしない、子どもだましもいいところのごっこ遊び。それでも莉桜は喜んでくれた。